池袋の自動車暴走事故では「上級国民は逮捕されない」という見方が広がり、話題を集めた。この事故はなぜ多くの人の怒りを集めたのか。データサイエンティストの松本健太郎氏は「私たちは『極論』に弱い。このため様々な憶測や『陰謀論』に飛びついて、怒りを増幅させる傾向がある」という――。

※本稿は、松本健太郎『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

ストレスのたまった男性
写真=iStock.com/NicolasMcComber
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繰り返される「上級国民叩き」

2019年4月、東池袋で当時87歳の男性が起こした自動車暴走死傷者事故は、2人死亡、10人負傷という大きな事故でしたが、単なる高齢者の運転ミスによる事故というレベルを超え、大きく報道されることになりました。

そうなった理由の1つは、車を運転していた男性が元通産省のキャリア官僚だった点にありました。男性は通産省を退官した後も業界団体の会長や、大手機械メーカーの取締役といった要職を歴任し、2015年には瑞宝重光章を受勲した、いわばエリート中のエリートでした。

もう1つの理由は、事故を起こしたのがこの男性であることは明らかだったのに、なかなか逮捕されなかったので、元キャリア官僚に警察が「忖度」しているといった「憶測」を呼んだという事情がありました。

事故の2日後に同じく高齢者による交通死亡事故が発生しましたが、こちらのほうは運転手が現行犯逮捕されたので、「国家権力は身内に甘い」「ダブルスタンダードだ」といった批判を巻き起こしてしまいました。

つまり事故を起こした男性が「上級国民」だから、不当に優遇されていると思われてしまったのです。ネットだけでなくワイドショーでも批判の声が広がり、「上級国民」は2019年の新語・流行語大賞候補にノミネートされました。