兄を亡くした女性はなぜ700万円を請求されたのか

前述のレポートによると、孤独死した場合、遺体が発見されるまでの平均期間は、17日。2~3日ならともかく、ここまで長期間遺体が放置されれば物件への影響も深刻となるのは、必然といえる。

しかし、一番の問題は、孤独死の特殊清掃よりも、孤独死した住民の部屋の使い方である。

兄を孤独死で亡くしたA子さんは、管理会社から原状回復費用として約700万円を請求された。20年以上ひきこもりだった兄が住んでいたマンションは、体積したゴミの層とCDや本で埋め尽くされた男性に多い典型的なモノ屋敷だった。

兄は人間関係のトラブルで会社を退職後、長年部屋を閉め切り、換気もしていなかった。部屋はカビだらけで、たまねぎなどの野菜や腐った食べ物が散乱しており、死臭と混ざり合い、すさまじいにおいを発していた。そのため、部屋中に食べ物の腐敗臭やすえたカビのにおいが壁紙を通り抜けて、柱など建材の奥深くまで染みついてしまった。

注目すべき点は、遺体の腐敗体液の特殊清掃や部屋のごみの撤去費用そのものは80万円近くで済んだということだ。

しかし、長年にわたって不衛生な環境での生活を続けた結果、物件のフルリフォームを前提とした多額の原状回復代金が追加で必要になり、この費用が、600万円近くかかった。

曇りの日の新宿、奥に見えるビル群は灰色の霧の霧に覆われている
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フルリフォームというのは部屋の中の造作部分を解体して、スケルトンの状態にしてからすべて新しくすることで、簡単に言うと部屋の造作をすべてやり直すということである。

A子さんは会社員時代の兄の保険によってなんとかこの費用を工面できたが、通常数百万円もの大金をいきなり用意しろというのは、遺族にとっては酷である。そのため、故人に財産がない場合はしばしば相続放棄され、その場合の原状回復費用は、大家が泣く泣く負担することになる。

「飼い主亡き後に飢えて共食い」ペット屋敷のすさまじい現場

もう一つ、孤独死に特徴的なことがある。部屋の状況から男性は、セルフネグレクトに陥っていたと考えられるということだ。

セルフネグレクトとは、自己放任と呼ばれ、いわば自らを痛めつける緩やかな自殺行為である。医療の拒否や極端な食生活による不摂生やゴミ屋敷などが挙げられる。

孤独死する人の8割は、このセルフネグレクトの状態で死を迎えている。身の危険があるほどのモノ屋敷やゴミ屋敷、または、世話できないほどの数のペットを飼うなどしたペット屋敷もこれにあたる。

特にペットを不衛生な環境で多数飼育しているケースだと、ペットの糞尿を処理せずに放置していることもあり、建材はボロボロに腐食する。人間の腐敗体液よりも、ペットの糞尿のにおいを取るほうが難しいという特殊清掃業者もいるほどで、部屋へのダメージもすさまじい。

また飼い主亡き後に、飢えて共食いをするなどして想像を絶する切ない大惨事となっていることもある。

セルフネグレクトに陥った人は、近隣住民や人との関わりを拒絶することもあり、部屋の現状を周囲が知らぬまま、何年、下手したら何十年と放置されてしまう。

その物件だけが社会から隔絶された島宇宙化してしまい、亡くなった後で、とてつもなく荒れ果てた部屋と多額の清掃費用が残る。