西武を離れ、生まれ育った香港に戻っていたウーを香港西武へと誘ったのも石川だった。

 石川は病床の枕元にウーを呼び、こう告げた。

「香港のシティスーパーを世界のシティスーパーにしてほしい」

ここから紹介するのは、香港で花開き、いまアジアへとネットワークを広げようとしている「シティスーパーの親離れ」物語である。

「成り行き」が、その後の人生を変えた

シティスーパーの1号店は、香港島の大型商業施設「時代広場」(タイムズスクエア)の地下にある。売り場面積は約1200坪。世界中から集められたグルメな食材や雑貨が並ぶ光景は、紀ノ国屋や成城石井と似ていなくもない。が、暖かな印象を与える木材の什器、シズル感あふれる陳列、1つの食品の背景に広がる食文化を感じさせる演出は、どちらかといえばニューヨークのデリカテッセンに近い。そこに、アジア的なごちゃごちゃとした市場のようなにぎわい感がプラスされ、一種独特の雰囲気を醸しだしている。まぎれもなく、シティスーパーは香港の店なのだ。

現在(2008年8月)、店舗数は香港4店、台湾2店。間もなく、中国・上海にも店を開く。石川が遺したメッセージを胸に、ウーはゆったりとしたペースではあるが、シティスーパーを率いてきた。

しかし、ウーはシティスーパーを任される前は、食の分野の経験はない。雑貨についても同様だ。

流暢な日本語でウーは言う。

「シティスーパーに入ったのは成り行きですから(笑)。私はもともとファッションの仕事をやりたかった。日本で西武に入ったのもそのためです。でも、ファッションを捨ててでも石川さんについていこうと決めた。石川さんはそう思わせる人物でした。人生は1度きり。石川さんの誘いを受けて、成り行きに任せてみるのもいいんじゃないかな。そう思ったんですよ」

そもそもウーが西武百貨店に入社したいきさつも、成り行きだ。