このように、お通しをめぐっては多様な取り扱いが混在している以上、「ひとつの商慣習として成立していない」と、木村弁護士は判断する。したがって、居酒屋の客席に座った時点で出されたお通しは、店側による無償のサービスだと受け取られても仕方がない現状にあるという。有料であることが商慣習となっていない以上、お通しの代金を支払う義務は発生しない。
ちなみに、「お通しが有料で、しかも断れないという基本情報を知らずに入店した客が悪い」という主張も正しくない。客の側に、その居酒屋のお通しについての会計がどうなっているか、あらかじめ調べる義務は課されていないからだ。
木村弁護士は「昨今の『消費者重視』の流れからいえば、お通しが有料なのかどうか、断れるのかどうかを、お品書きの目につきやすい場所にハッキリと表示する義務、そうでなくても、店員が口頭で告げる義務がある」と話す。
もちろん、そういった表示義務すら果たしていない居酒屋も多い。それでも客からクレームが付かずに商売が成り立つ現状について、木村弁護士は「店の格が高く、雰囲気を壊しづらい」「その店が気に入って、今後も末永く付き合っていきたい」などの心理が、客側に作用しているためだろう、と推測する。
お通しひとつをとってみても、じつに微妙な法律問題が含まれているのである。気のおけない仲間と居酒屋へ飲みにいくとき、お通しをつまみながら話のタネにしてみるのはいかがだろうか。
(ライヴ・アート= 図版作成)