居酒屋に入ると、注文をしていないにもかかわらず、小皿や小鉢に盛った料理を、挨拶代わりに出す店は多い。これは「お通し」や「突き出し」などと呼ばれる料理である。今回は、お通しの代金を後で徴収する居酒屋のシステムについて問題にしたい。
そもそも契約とは、民法上、お互いの当事者の意思と意思が、明示的あるいは黙示的に合致して初めて成り立つものとされる。
これは、居酒屋であれば、店側の「飲食物とそれに伴うサービスを提供する」という意思と、客側の「それ相応の代金を支払う」との意思が合致した場合だ。そうなれば、サービスを受けていて代金を払わない客に対し、店側は支払いを催促、場合によっては強制的に徴収する可能性も生じる。
では、注文していないお通しに対して、代金を支払わなければならない法律上の根拠はあるだろうか。たとえば客が箸をつけた時点で、店側が「黙示的に契約が成立した」と考え、客がそれを知らなければ、客は、会計時に想定以上の代金を請求される不意打ちを食らう。
それでも「当店の決まりですし、現に箸をつけたじゃないですか」などと、店側が押し通すことはできるのだろうか。
木村晋介弁護士(東京弁護士会)は、「まず、居酒屋でお通しを有償で提供することが、社会的にみて、商慣習として成立しているかどうかが問題となる」と指摘する。
商法第一条は「商事に関し、この法律に定めがない事項については商慣習に従い、商慣習がないときは、民法(中略)の定めるところによる」と定める。裏を返せば、商慣習は民法よりも優先されるという意味だが、居酒屋の「お通しシステム」は、商慣習といえるほど世間で浸透しているのだろうか。
たしかに、お通しや突き出しは、和食を提供する居酒屋で多くみられ、日本の食文化の一環だとみる向きもあろう。調理中にお客様をお待たせしている間の、粋な心づくしとも評価しうる。
その一方で、「お通しカット」と言われれば客に出さない、そのぶんの代金も取らないという、法律の面でいえば合理的な居酒屋もある。また、お通しが無料で、あるいは酒類のつまみとして出される場合も少なくない。