この危機は「限りなく戦時下に近い状態」

さらにボレルは、「この危機は戦争ではないが、過去に例のないレベルで物資や人員、資金の動員・調達、配置・指揮が必要という意味では限りなく戦時下に近い状態」との認識を示し、このパンデミックの特徴を強調していた。

各国政府は人々の日常生活を統制し始め、前代未聞の状況になった。誰が職場に行けるかを決めるのも政府なら、外出許可を出すのも政府。開けていい店を決めるのも政府だった。差し迫った健康上のリスクを理由に、ほとんどの人がこうした制限を「ニューノーマル」として受け入れた。

状況はまさに戦争のようだった。ただし、国同士の戦いではない。人類とウイルスの戦いである。勝つために犠牲を伴う点も戦争と同じだ。この危機で世界が変わるというボレルの指摘は正しかった。もっと大きな問題は、その変わり方だ。どの変化が恒久的に続くのか。そして、どの変化が一時的なもので終わるのか。10年先を見据えた場合、これはきわめて重要なポイントになってくる。

第2次世界大戦がジェット戦闘機の開発期間を5年に縮めた

この問題に答えるに当たっては、謙虚さも求められる。重要な問いではあるが、確信を持って答えを出すのは不可能だからだ。そもそも未来予測に正解などあり得ない。しかし全体像を捉えるヒントはある。

大戦が起こると、2つの面で歴史の流れが大きく変わる。

第一に、すでに発展途上にあったテクノロジーの進歩が加速する。好例が航空機だ。航空技術は第2次世界大戦前から着々と進展していた。当時、主翼が複数ある複葉機から主翼が1枚だけの単葉機にほぼ切り替わっていたが、まだ完全な入れ替えには至っていなかった。

ところが1944年4月には、早くもジェット戦闘機がドイツで実戦配備されている。平時であれば10年か20年の開発期間が必要だったはずだが、戦時だったために5年足らずで現実のものとなった。現時点で、危機の中で加速しているトレンドは、危機の収束まで続く可能性が高いと考えていいだろう。

また、どの国も難局に打ち勝つためにこれまでにない画期的アプローチに活路を見いだそうとすることから、戦争は2つめの変化を生み出す。例えば、第2次世界大戦は、20年に渡って続いたアメリカの孤立主義政策に終止符を打った。

戦争の終結とともに、アメリカは国際連合やブレトンウッズ体制、さらにはNATOの創設に手を貸すなど、新たな方向性を打ち出していく。この国際協力を重んじる姿勢は、かつての敵国である日本、ドイツ、イタリアの国際社会復帰を先送りするどころか前倒しで実現する意欲を生み出したのだ。

コロナ禍も同様の変化をもたらすはずだ。だが、「戦雲」が立ち込めるなか、最大の変化が何なのかを見極めるのは容易ではない。ボレルが指摘するように、何らかの変化は避けられない。しかも、個人や企業、国家機関等による選択がその変化に反映される。