商品の発想はどのようにして出てきたのだろうか。お話をうかがったワコール・ウイングブランド事業本部メンズインナー部長の細川敏雄氏は、そのあたりの事情をこう語る。「カラダそのものに働きかけることによって、カラダそのものを変えていこうというような発想が、レディースのところで、すでにスタートしていたという経緯がございます」。
同社では、もともと専門分野であるレディース向けに「おなかウォーカー」や「ヒップウォーカー」というシェイプアップ型下着(同社ではスタイルサイエンス商品と呼んでいる)を発売していて、大きな販売成果を挙げていた。それゆえ、メンズにもレディースと同様のニーズがあるのではないか、そしてこれをメンズにも応用できないかと考えたのだ。
また、彼らのメンズインナー市場でのマイナーポジションが、差別化の手段としてこの種の機能性下着の開発にドライブをかけた面が少なくない。ワコールは長らくレディース専業の下着メーカーとしてやってきており、「BROS(ブロス)」ブランドを掲げてメンズ分野に進出したのは1991年のことである。つまり後発メーカーもいいところで、進出当初、非常に苦戦を強いられた。その原因は、グンゼをはじめとするメンズ専業メーカーが確固としたマーケットをつくっていたという経緯があり、彼らは強力で、参入障壁が極めて高く、ワコールがつくるメンズインナーではとても太刀打ちができる状態になかったのだ。
当時、メンズインナーのマーケットはほぼ100%が「代理購買」だった。これは下着を着用する本人が買うのではなく、母親や妻といった代理人が買ってくるという状態を意味する。こういった特異なマーケットでは、いわゆる「需要」は「物(ブツ)だけ」になりがちで、付加価値の介入する余地はなく、バリエーションもほとんど必要なくなってしまう。
実際、かつて男性の下着には、ブリーフ神話、綿神話みたいなものが根強くあり、白色のワンパターンのブリーフに丈夫さだけが求められてきた。そして、このような需要状態はストレートに価格に跳ね返ることになる。代理購買をしている母親や妻は、男性の下着にまったく興味がない。それどころか購買上の抵抗感すらある。それゆえ、商品について一々確認したり、選択したりせず、価格の安いものを手早く買って帰りたいのだ。つまり、パンツは穿けさえすればよいということになる。
夫がめとった妻に対し、「釣り上げた魚には餌をやらない」という不謹慎な表現があるが、細川氏によると男性下着に関してはこの逆で、「旦那にいい下着を買う妻はいなかった」のだそうだ。結果として、2パック800円、3パック1000円といった特価ビジネスがこの業界では一般化してきたのである。