僕はヴァイオリンの世界を多くの人に広く知ってもらいたいと願っている。とんでもない高値で売買していて何やら胡散臭い。そんなイメージを払しょくしたい。だから徹底的に楽器の調査を行う。信頼と安心と100%の魅力を伝えられれば、結果的に購入に至らなくても良いとさえ思っている。

ストラディヴァリ黄金期の名器「ハンマ」の使い道

前澤さんは3挺の最終候補の中から、1717年製作の「ハンマ」を選んだ。理由は「人に訴える音の力が圧倒的に抜きん出ていた」から。僕も同感だった。

ストラディヴァリの生涯の作品は大きく初期、挑戦期、黄金期、晩年期の4つに分類されるが、黄金期のど真ん中、最も脂の乗った時代に製作された名器である。ハンマとは、かつてヨーロッパを代表した名門楽器商社の名前であり、そこのコレクションだったことから、その名で親しまれている。

中澤 創太『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』(日経BP)
中澤 創太『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』(日経BP)

購入直後、前澤さんがSNSに投稿した動画が話題になった。ご自身がハンマの音を出している動画である。僕もその場にいて、印象深く覚えている。前澤さんが「せっかく購入したのだから自分で出した音を感じてみたい」と言った。

それを聞いて素直に驚いた。本人がヴァイオリニストであれば弾くのが当たり前だが、投資家であったりパトロンであったりする所有者で「自分で音を出したい」という人はこれまでいなかった。僕にとって新しいタイプのオーナーだった。

投稿後、高価な楽器を買って見せびらかしているといった類のコメントがあったが、何とも的外れだなと残念に思った。前澤さんは公式のプレスリリースを出している。

「現地の音楽家の皆さまにもご協力いただきながら、その国や地域の子どもたちの耳に、この力強くも繊細な奇跡の音色を届けていければと思います」。

前澤の志に目を向けず、試し弾きで大騒ぎした世間

そうした志に目を向けることなく、少し試し弾きしたことだけが大騒ぎになる。ヴァイオリンはまだまだ「ばか高くて遠い」存在なのだと思い知らされる。その一方で「皆で音を楽しもう」というスタンスの前澤さんのようなオーナーがもっと増えてほしいと思った。

展覧会でハンマは、日本を代表する音楽家によって奏でられ、来場者にその力強い音色を届けることができた。前澤さんも会場でその音を楽しまれたが、たくさんの来場者が聞き入る様子を嬉しそうに見ている姿が印象的だった。

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