前澤から帰ってきたSNSのメッセージ

「貴重なヴァイオリンの次世代への継承と、若手音楽家の未来のために楽器を所有していただけないでしょうか」。そんな言葉で締めた、思いを込めたメッセージを送った半日後、返信がきた。膨大な量のメールや連絡が来るそうだが、そのすべてに目を通していることに驚かされた。そして「コネクションがないからムリ」と勝手に諦めるのはSNSが行き渡った時代において、意味のない言い訳なのだなと改めて感じた。

ほどなく前澤さんとお会いして、購入に向けた相談を進める中で、僕の直感は正しかったと確信した。ご自身でものすごく勉強され、しっかり時間をかけて吟味する。購入が決まると、数カ月後に迫っていたフェスティバルでの展示と演奏も快諾いただいた。

「多くに人に聴いてもらうためにあるのが楽器だから」。ミュージシャンでもある前澤さんのそんな当たり前が、とても嬉しかった。

前澤さんのストラディヴァリウス購入は日本のみならず、海外でも大きく報道された。そして僕にも「どうやって購入に至ったのか」という質問がたくさん届いた。おそらくこれまでにも、海外の楽器ディーラーが数多くアプローチしたのだと想像できる。

ではなぜ僕が前澤さんに名器を納めることができたのか。ひとまずの答えは「特別なことはしていません」である。でもそれはもちろん「何もしていない」わけではない。

3カ月かけてストラディヴァリウスの真価を伝える

まず3カ月かけてストラディヴァリウスの本当の価値を伝えることに専念した。至近距離で聴いていただける機会を作り、大きなホールでのコンサートにもお招きした。

さらに、演奏スタイルの異なる複数の演奏家の協力を得て、候補の数台の弾き比べをしてもらった。1挺ごとに音色が異なるのはもちろん、演奏者によっても音色が変わる。そこまでやるのかと驚かれるかもしれないが、すべては100%納得してもらい、価値を理解してもらうためだ。

調査も徹底した。年輪年代法(デンドロクロノロジー)はヴァイオリンの表板を超高画質で撮影し、そこから木の年代を推定する。もし1737年以降という測定結果が出れば、ストラディヴァリの死後に製作された可能性があり、さらに厳密な調査が必要になる。

前澤さんと(写真提供=中澤創太)
前澤さんと(写真提供=中澤創太)

もちろん過去300年の間になされた修復などで年輪が正確に測れないことも少なくないが、ストラディヴァリウスは現存する作品がほぼすべてデータ化されており、アーカイブにそれぞれの鮮明な写真から測定結果までが残っている。

前澤さんに提案したストラディヴァリウスは、20挺を超える他の作品の木と一致した。この調査はロンドンにいる専門家に依頼しており、日本ヴァイオリンが取り扱う楽器はほぼすべてこの調査を行なってから、お客様に提案をしている。

楽器の状態に関しては「CTスキャン」と「MRI」で調べた。医療分野で体の内部を調べる技術としてお馴染みだが、ヴァイオリンの調査にも用いることができる。本場ヨーロッパでもほとんど浸透しておらず、日本では僕が知る限り、実施してくれる施設は1カ所しかない。