コカ・コーラも捨てた「ポジショニング戦略」信仰
2つのことを学びたい。
第一は、巧みな戦略展開。第一段階は、消費者の頭の中に「衣類の消臭」という市場カテゴリとファブリーズとの絆(連想)をしっかりと刻み込む(ポジショニング戦略)。第二段階は、ポジションを微調整して「部屋の消臭」というより広い市場カテゴリにおける絆をつくり出す(リ・ポジショニング戦略)。そして、第三段階として、「消費者の間に、消臭とファブリーズとの間の強い絆が生まれている」と認識したとき、機能や香りや用途の異なる系列品を次々に発売して室内芳香市場での地歩を固めていく(ブランド・エクイティ拡張戦略)。こうした緻密な戦略展開を通じて、誰もが予想しなかった大ヒット商品に仕上げられていった。
第二に、このファブリーズのブランド展開は、これまでのP&Gのブランドについての取り組みとは違った取り組みになっていること。
8月3日号のアメリア・エアハート効果の議論を思い出していただきたいのだが、これまでのP&Gのグローバルな成長を支えてきたのは、徹底したポジショニング戦略である。洗剤市場に、ボールドやアリエールなどの複数ブランドを投入するやり方はその典型といえる。
それらブランドは、同じ洗剤であっても、洗剤のより細分化された市場と強い絆を確保する。しかるに、今回紹介したファブリーズのやり方は違う。ファブリーズというブランド・エクイティを最大限展開するやり方、つまりブランド・エクイティ拡張戦略にほかならない。
P&Gにおける戦略転換を窺わせるわけだが、同じようなブランド戦略転換は、最近のコカ・コーラにも見ることができる。コカ・コーラは、30年ほど前、ダイエットのコーラを発売したが、その名を〈タブ〉とした。コカ・コーラの名前を使った〈ダイエットコーク〉とはしなかった。「コカ・コーラに系列品は存在しない。唯一無二の存在だ」というわけだ。
しかし、最近では、〈ダイエットコーク〉だけでなく、カロリーオフ、ビタミン入りと、〈コカ・コーラ〉の系列品は増えている。昔なら、1つ1つの新商品に違ったブランド名を付けていたはずだ。コカ・コーラも、強烈なポジショニング戦略の信仰を捨て、ブランド・エクイティ拡張戦略志向に転じたのだ。
コカ・コーラやP&Gは、ブランドマネジメントを軸にして、世界企業に育ってきた。「マーケティング・カンパニー」という称号を与えることができる企業だ。そうした企業が、近時、ブランド戦略の舵を大きく切り替えてきたというのは興趣をそそる。
新しいマーケティングの時代に入ったのではないだろうか。読者諸氏も気づかれただろう。大きい需要成長が期待できない、言い換えると「他から需要を奪うしか成長に道がない」成熟期に、対処する備えが迫られていることを。