ファブリーズのブランドチームは、「日本人には、布の臭いに対して確としたニーズはないかもしれない。だが、部屋の臭いについては敏感だ。あとは、その部屋の臭いの原因は布の臭いだということを啓蒙すれば……」と考えたのだが、その道は決して容易ではない。

第一に、部屋の臭いをとりたいと考えている消費者に対しては、すでに他社からさまざまなタイプの消臭剤や芳香剤が販売されていて、テレビ広告も活発に行われていた。布用消臭スプレーとは異なり、室内消臭・芳香剤の市場は、各社が力を入れる競争の激しい市場だった。

第二に、「部屋の臭いを気にする人たち」は、部屋全体の臭いをとりたいと考えているのであって、布製品の臭いをとりたいと考えているわけではなかった。たしかに、ファブリーズは、布製品に対する消臭機能という点では優れた特性を持っていた。だが、いくらこのことをアピールしてみても、部屋の臭いを気にする人たちの関心をすぐに引くものでないことは、当初の限定的な市場に向けたマーケティングの結果を見ても明らかだった。

しかし、ファブリーズ・チームは諦めなかった。彼らは、「部屋の臭いをとりたい」というニーズを持つ人たちに対して、その原因の大半は布からだと知らせることによって、彼らのニーズを「布の臭いをとりたい」というニーズに転換させようと試みた。「料理の臭いが布について、その布のせいで部屋が臭う」「汗の臭いが布につき、その布のせいで部屋が臭う」といったメッセージが、テレビ広告を通じて繰り返し流された。その結果、「部屋の臭いの原因は、布製品の臭い」という考えが、生活者の間で徐々に浸透していった。

状況は一変した。ひとたび「部屋の臭いの原因である、布製品の臭いをとりたい」というニーズが生まれれば、ファブリーズが優位性を持つことは明白だった。競合するメーカーは、部屋を消臭するとか芳香するという機能を訴えても、とくに布の臭いを抑えるという機能は訴えてはこなかったからだ。こうして、ファブリーズを試し買いする人の比率(トライアル率)は急増した。

P&Gのファブリーズ・チームは、その巧みな訴求によって、ファブリーズを、2億~3億円の小さい市場の独占商品から、100億円近くを売り上げる一大商品へと育て上げた。リ・ポジショニングに見事成功したわけである。

その後も、ファブリーズは、「ファブリーズ除菌プラス」の発売により、さらに新たな購買層を取り込み、「やさしく香るファブリーズ」「さわやかに香るファブリーズ」の発売により室内芳香剤市場に向けた拡張を行った。こうして、ファブリーズは、発売後2年間で、機能・香りの異なる4種類の製品ラインアップをそろえたシリーズ商品へと成長した。

それでもブランド成長の手は緩めなかった。続いて、置き型ファブリーズ・トイレ用ファブリーズをも導入する。それらは、布用でもなければスプレー・タイプでもない。技術的に見ても使用用途で見ても、〈ファブリーズ〉という名でひとくくりにしてよいのかどうか、必ずしも明確ではない商品群である。

加えて、柔軟剤や洗剤との共同ブランドの開発にまで踏み切る。こうした展開は、「消臭=ファブリーズ」というブランド名を最大限、それ以外の市場分野へ拡張していこうとする戦略(=ブランド・エクイティ拡張戦略)にほかならない。