深夜のお迎えとなる「フクロウ組」は30人
2001年4月に始まった社会福祉法人杉の子会の理事長を務めるのは、夫の片野仁志さんだ。
「認可保育園になったことで、職員の給料を上げられました。給食などの加算もありますので、子どもたちの処遇もよくなりました。さらに保育料も安くなりました」
そのうち歓楽街で働く親だけでなく、ピアニスト、銀行員、出版社の編集者、国家公務員など、さまざまな職業の親の子どもたちを引き受けるようになった。
深夜のお迎えとなるフクロウ組は30人。フクロウ組の子どもたちも生活のリズムを大切にするために午前中に登園する。親たちは短い睡眠時間でも朝はがんばって送り届ける。
2004年には24時間の学童保育を開始。2015年からは障害のある子どもたちの支援保育と学童保育を始めた。現在、エイビイシイ保育園から徒歩1分内の3つの建物で、0歳児の分園、学童クラブ、放課後等デイサービスを運営している。
新しく建物を建てる際にも問題なく地域の人たちの理解を得られた。保護者たちへの借金は10年かけて返した。
24時間保育を必要とする人はコロナ後もいなくならない
二十歳になった卒園生が連れ立って保育園に遊びにくるという。
「地域で育った子は地域に帰ってきます。税金をかけて育てた子は、税金を払う大人になるんです。だから、地域も行政も子どもが育つ環境を広い視野で育てる構えを持ってほしい」
経済的な事情、親子の承認の問題など、何も困難のない家庭はない。高学歴で有名企業に勤める親が、子どもの発達障害を受け入れられず片野さんのところで泣くことがある。若い母親が別の男性との間にも子どもを授かり、ステップファミリーとして成長する過程を支えたこともある。
「さまざまな人生と働き方があります。そこに私たちが口を挟むことはできません。ただ、子どもたちは親の職業に関係なく、平等に保育を受ける権利があります。それを守るのは大人の責任です。夜間保育を支える仕組みが整わないことは問題です」
コロナ禍で社会は揺れている。いつ収束するのかも見通せない。だが、「エイビイシイ保育園の24時間保育は変わらない」と電話の向こうの片野さんは言った。
「24時間保育を必要とする人はコロナ後もいなくなりません。歓楽街も形を変えて生き残るでしょう。夜間保育に関心を持つ人にはノウハウを教えますので、ぜひ私たちの仲間になってほしい」