実の息子が褒められたように話す西澤だが、ほのぼの屋では、働く誰しもが、企業理念のように何度も反芻する言葉がある。
2万円で仕事ぶりが変わる。
5万円で生活が変わる。
8万円で未来が変わる。
10万円で働き方が変わる。
それは、障がい者の給料が少ないことに対する、長年消えなかった違和感の正体を、仲間たちと共に追い求め続けた結果、手にした答えだった。
もう一つの夢を実現するために
障がい者の中には、貰って帰ったお給料をそのまま親に渡しておしまい、という人も少なくない。また、必要な物を全て買い与えられ、「自分のお金」を使う機会がない事も多々ある。しかし、給料を使って生活や心が豊かになる事を学ばなければ、「お金の価値」を理解する事は難しい。
「労働」「給料」「生活」、この三つの連携と見通しが成り立っていなければ、それは働いているのではなく、ただ単に作業しているだけとも捉えられかねない。
スタッフの誰もが、働く喜びを感じ始めた中、西澤たちは次のステージに向けて歩みだした。事業を始める前に行った二つのアンケートのうち、給料5万円という夢は達成できた。
しかし、もう一つ、自分たちのお店を持ちたいという夢は、この状態で実現できたと言えるのだろうか?
当座の仕事は短期的な契約ばかりで、並行して仕事を集めないと事業が終わるという不安が付いて回る。半面、働きたいと集まる人間は増えていくばかりで、日によっては働きたくても働けない人が出始めていた。仕事のあるなしだけにとどまらず、「仕事を断ち切る事」=「願いを断ち切る事」にも繋がってしまう……西澤は、もう一度スタッフを集め、意見を聞いた。
「もし、お店をするとなれば、どんなお店をやってみたいですか?」
「お涙頂戴で来て下さい」ではない、一流のレストラン
矢継ぎ早に答えが聞こえてくる中、最も議論が白熱したのが飲食店だった。
「あそこの店は美味しい!」「こんな料理出したい!」「私も作ってみたい!」
専門的な知識など持ち合わせていなくても、食べる事に対しては誰もが平等に意見が言えたのだ。
希望とは裏腹に、現実問題、どんな飲食店なら、みんなでやっていけるのか? 西澤らは、その手がかりを探し、毎日のようにジャンルを問わず様々な飲食店に出かけた。料理の精度や、献身的に働くスタッフの姿に耳目を属する度「みんなも同じように働けるのだろうか?」と、痛心に堪えなかった。