メンバーの間に不思議な事が起こり始めた

幾ばくかの仕事を得ると、メンバーの希望に基づいて仕事量をコーディネート。例えば、月曜日はリサイクルプラザで不燃ごみの選別作業。火曜日は午前から古本屋の店番、午後から新聞配達。水曜日は工務店の工場。木曜日はまた別の会社へ働きに──。

利用者の能力毎に仕事を提供したところ、スタートから半年で、目標である5万円の給料を実現したのだ!

5万円を手に、生まれて初めてジーパンを買う者。通帳を発行して貯金を始めた者……汗水たらして働いて得た「大金」に、それぞれが、今までと少し違う「給料」に、喜びを重ねた。

すると、メンバーの間に不思議な事が起こり始めたというのだ。

「なんだと思います?」

満面に喜悦の色を浮かべ、西澤が聞き返した。

「働くみんなの生活がね、変わってきたんです」

「お金を貰っている」という責任が芽生えた

初めてジーパンを買えば、やがて少しずつおしゃれに目覚め、身だしなみや清潔感にも気を付けるようになる。ファッションが整えば、そこから今度は外に飲みに出かけるなど、様々な行動が派生し、スゴロクをスイスイ進むように、生活圏や人生観さえも変化していったのだ。中には「4年間貯金して車を買う!」と宣言する者も出るなど、生活の幅が明らかに広がっていった。

給料5万円が一つの節目となり、次に8万円を越え出すと、一般就労へのチャレンジ、結婚、一人暮らしなど、将来への夢や人生の展望を口々に語りだした。そして大台10万円を超えると、働く態度が大きく変わった。「お金を貰っている」という責任が芽生え、自分はお客様の為に働くのだという悟性が芽生えだしたのだった。

奇しくも、ヤマト福祉財団を立ち上げた小倉昌男氏も、障がい者の月給を1万円から10万円と10倍に増やす事を目標としたセミナーや勉強会を行っている。

「『目標十万円』と言い出した時、福祉関係者からは『夢のような話』、『世界が違う』と否定的な声ばかりがあがった」(『経営はロマンだ!』より)と、嘲笑する者さえいた提案だったが、実際、小倉氏が立ちあげたスワンベーカリーでは、月10万円という給与を実現している。

5万円で「生活が変わる」、10万円なら「働き方が変わる」

「初めてジーパンを買った彼はね、共同作業所からの付き合いでした。だから僕は、彼の給料が変わっていくのをずっと見ています。最初は1万円だったのが、作業所で5万円になってね。今も10万円はもらってくれてるかなぁ。働く誰もが、狭かった世界が広がり豊かになりました。今思えば、自分の意思で使えるお金を確保することが、彼らには必要だったんだと感じます」