デモ参加者の間で広がる「デジタル断ち」

そんな中、デモ参加者の間では「デジタル断ち」と呼ばれる行動が広がる。デジタル空間での痕跡を最小限にする取り組みで、電子マネーの利用もやめ、現金での生活に戻すようになっている。香港版SUICA「オクトパス」や電子決済「アリペイ」を使うと、地下鉄やトラムの乗車履歴や、買い物履歴などのデータが残る。誰がいつ、どこにいたのか、位置情報などの証拠として、当局にそのデータを使われる可能性があるという。スマホのGPS機能を切り、写真データが筒抜けになる可能性があると、変顔アプリやゲームアプリすらも使用しない徹底ぶりだ。

デジタル追跡によって逮捕していることは、当局は公式に認めているわけではないが、香港中文大学のロックマン・ツイ助教授はこう話す。「警察は裁判所の命令なしに通信会社からデータを提供させているとみられます。企業が集めたデータを使って市民を逮捕できるようになっているのです」。

しかし香港の若者たちは、日本以上にデジタル漬けだ。携帯電話の普及率は280%を超え、ネットなくして日常生活は過ごせないとさえ言われる。そもそも肝心のデモの情報もSNSを通して参加者間で共有するため、デジタル痕跡を100%消すことは不可能。私はその苦しいジレンマを目撃した。

19年10月1日の国慶節(中国建国70年の節目)に大規模な抗議デモが行われた香港。その前日から、あるデモチームの同行取材を行っていた。翌日のデモ現場の近くのホテルにチェックインし、ガスマスクや救助道具など準備を行っていたメンバーたち。深夜、突然「このホテルにいては危険だ」と、バタバタと慌ただしく部屋を出る準備を始めたのだ。聞くと、「デモ隊が宿泊している全ホテルを警察は把握している」というメッセージが届き、実際、他のホテルでは警察が部屋に押し入り、逮捕者が出ているのだという。

急いでタクシーに乗り込み、ホテルを離れるメンバーたち。そのとき車窓から、入れ違いにホテルに向かう警察の姿が見えた。間一髪だった、とホッとした途端、今度は警察がタクシーを追いかけてきた。ハリウッド映画のような逃走劇の末、逃げ切ることができたときには、深夜3時を回っていた。

デモ当日。メンバーたちはできるだけスマホを使わないほうが安全だと判断し、トランシーバーを用意し、連絡を取り合いながら抗議デモを行っていた。しかし次の瞬間、足元に催涙弾が着弾し、メンバーは散り散りに。結局、トランシーバーの通話可能範囲を超えたメンバーたちは、スマホを取り出して連絡を取り合わざるをえない事態となってしまった。後日、メンバーは警察に事情聴取を受け、仲間2人が逮捕されていたことがわかった。便利さと引き換えに積み上げられていく膨大なデジタルデータに、現実の人々がのみ込まれる世界が始まっていた。

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