「雷政富」はエロ腐敗官僚の代名詞に
映像の流出から半年と少しが過ぎた2013年6月19日。重慶市の第一中級人民法院(日本の地方裁判所に相当)は早朝から熱気に包まれた。雷政富(54歳)の初公判だったからだ。
重慶は、北京や上海と並ぶ直轄市で大都会だが、その気候から中国の「4大かまど」と称される都市の1つ。つまり暑い。その名に恥じず、朝から気温はじりじりと上がり、シャツがあっという間に汗で肌に張り付いた。
衝撃映像が暴露されたため国内の関心は高い。法廷に入る雷被告の姿を狙おうとする中国メディアのカメラマンたちも皆汗だくだ。辛い現場では、みな同志である。「どっちから来るか分かるか?」などと言葉を交わしながら、時間を潰した。
午前8時40分過ぎ。短くサイレンを鳴らした車両が突然、ガラス張りの巨大な法院の建物の一角に現れた。私も小型ビデオを片手に、中国人のカメラマン集団と一緒に猛ダッシュをかけたが、車は一瞬で敷地の中に消えてしまった。
朝からの待ち伏せが徒労に終わり、息切れだけが残った。そこに法院の警備員が「撮れなかったのか?」と薄ら笑いを浮かべたので、頭に血がのぼり、更に余計な汗が吹き出した。
現場では、雷はメディアの目から守られたが、恐らく宣伝部は事件の影響の大きさを考慮したのだろう。ほどなく国営の中国中央テレビなどが法廷内の様子を報じ、雷の姿は全国民に晒された。
判決は316万元余り(約5100万円)の収賄容疑で、懲役13年の実刑。頭一つ大きい司法警察官2人に挟まれ、肩を落として証人台に立つ雷の姿は、好色で貪欲な官僚の成れの果てとして国民に深く記憶され、「雷政富」はエロ腐敗官僚の代名詞となった。
実家の部屋は、拍子抜けするほど簡素
重慶の中心部から車で2時間以上走ると、畑が美しい曲線を描く山村に辿り着いた。雷の実家は、父親も生前その村で書記を務めたという名家。他の家より立派なコンクリート造りの4階建てだった。
母親はあいにく不在だった。困りあぐねた私に気づいた村人が、母親は町に出ていると教えてくれた。そればかりか、町に人をやり、遠来の客が来ていると伝えてくれるという。雷の故郷は、日本の田舎を彷彿とさせる素朴な農村だった。
しばらくし、細く小さなおばあちゃんが家に戻ってきた。古希をゆうに超えている。こちらが取材で来た事情を知るなり、声をあげて泣き始めた。
「息子が、女性と関係を持ったなんて決して信じられない。小さい時から乱れることのない、正直な子だったのに」
母親は、しわだらけの細い手で涙を拭うと、息子は罠にはめられたに違いないと訴えた。
雷が休暇で帰って来る時に使っていたという寝室があった。継ぎを当てたシーツの掛かったベッドと地味なクローゼットのみが置かれていた。
好色で貪欲な官僚というには拍子抜けするほど簡素な部屋だった。母親が泣きながら語った言葉に、少しだけ説得力が加わる気がした。
「官僚にならなかったら、こんなことは起きなかったでしょう」
色落ちした古い写真を出してきてくれた。この家を背に親戚が集まって収まっていた。「正直で真面目」な息子だった頃の雷も、つましく微笑んでいた。その頃は、本人さえまさかエロ官僚として中国全土に名を馳せるとは思ってもいなかっただろう。