VUCAの世界で誰もが疲弊している
この時代を表すひとつの言葉として、VUCAがあります。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から取られています。VUCAの世界はジレンマに満ちていて、誰もが疲弊し、何かを変えなければいけないと思いながら悶々と生きているともいえます。
この状況に対応するため、企業や学校ではさまざまな取り組みをしています。しかしそのほとんどは、自分以外の何かを変えることでいま起きている望んでいない結果を変えようとするものです。この本は、自分自身を変えることで望む結果を得ることが主題です。
なぜ、望む結果を得るためにセルフマネジメントが必要なのか。それは、21世紀に生きるわたしたちを取り巻く社会や組織のあり方と深く関係しています。
20世紀に支配的だった組織は、ピラミッド型のヒエラルキーモデルでした。[図表1]の左側のようなモデルです。
このモデルでは、組織全体にヒエラルキー(階層)があって、それぞれの階層における権限と役割が決まっています。決まった役割や与えられた権限を超えることは許されないので、このモデルで人は受動的に振る舞います。また、それぞれの人が自分の役割について「どう感じているか」は、あまり問題にはされません。
わたしは、大学時代に工場で働いていたことがあります。毎日、決まった時間に工場に出勤し、決まった時間に帰宅し、決められた仕事の手順を繰り返し、そして1日の終わりには部品を何個つくったか数えました。非常にわかりやすい世界で、職場の人間関係もそれほど複雑なものではありませんでした。
ドラッカーの「知識社会」はなぜこんなに生きづらいのか
ピーター・F・ドラッカーは、20世紀から21世紀にかけて、社会は急速に知識社会(ナレッジ・ソサエティ)化すると指摘しました。そして、その知識社会に働く人たちを、「知識労働者」(ナレッジ・ワーカー)と呼びました。彼らの働き方は工場労働者の働き方とはまったく異なります。
知識社会においては、人は必ずしも定時で働きません。仕事上の役割も以前のようにはっきりしません。人間関係はもっと複雑なものになり、誰もが多くのコミュニケーションや交渉を必要とするようになります。職場においても互いに会話を交わし、信頼し合うといったことが大切になっていきます。つまり、何かを達成するためには、決められた役割を果たすだけでなく、個人として、質のよい関係性をマネジメントすることが求められるのです。
知識社会特有の生きづらさは、この関係性のマネジメントに端を発しているといってもいいでしょう。もちろん、工業化社会の労働においてもコミュニケーションや信頼関係は重要でしたが、いまに比べるとずっと優先順位は低いものでした。成功するために求められたのは、「読み書きができる」とか「的確に指示に従う」といった、より目に見える能力でした。