部門ごとに各専門家が投票する

しかし、なぜ全協会員が全部門のノミネートに投票しないのでしょうか? それはやはり、その道のプロの目で見ないと、その映画の特定の部分が「どう優れているか」がわからないことが多々あるからでしょう。

同じ俳優であればこそ、「この芝居の難易度がいかに高いか」がわかるものですし、同じ美術スタッフであればこそ「このセットを組むのはものすごく手がかかる」と気づく。脚本家が「あの長くて複雑な原作を、よく2時間にまとめた!」と褒め称える。各分野の粒ぞろいが選び抜かれるというわけです。

そうして選ばれたノミネート作に対して、最終選考では全協会員が全部門に投票して受賞作を決めます。当然、無記名投票です。なお、集計を仕切っているのはAMPASではなく、大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)です。公平を期すため外部に委託しています。受賞発表のその瞬間まで、受賞結果を知っているのはPwCの担当たった2人だけです。

配給会社同士のバトル「まるで選挙」

例年、ノミネート作品の発表は1月20日前後で、約1カ月後に授賞式が行われます。この本を書いている時点では、来たる第92回のノミネート発表は、少し早めの2020年1月13日(月)、授賞式は2月9日(日)(アメリカ現地時間)です。

この1カ月間は、言わば選挙キャンペーンみたいなもので、ノミネート作品の配給会社が、映画関係者が読む業界誌に広告をバンバン打ちます。「FOR YOUR CONSIDERATION(ご検討ください)」「Best Actor! Tom Cruise!(主演男優賞はトム・クルーズで決まり!)」といった具合いです。

また、作品を観られていない協会員に本編が収録されたDVD(通称「スクリーナー/Screener」。かつてはVHS、現在はストリーミング再生できるリンクも併用される)を送るのも、この時期の配給会社の大事な仕事です。

これらはあくまで「業界内」でのアピール活動なので、一般の人たちが目にすることはほとんどありません。にもかかわらず、彼らはものすごくお金をかけて、ノミネート期間中に宣伝活動にいそしみます。

作品さえ良ければ、あとは映画に通じたアカデミー協会員たちの判断に任せればいいのでは? という疑問を抱かれるかもしれませんね。でも、それでは現実問題としてオスカーを獲得することができません。なぜなら、人々は観ていない作品には投票をしないからです。