僕が「ブログを書いている自分を売り込まない」理由

ブログがある程度読まれるようになってきても、「こんなブログを書いてます」とメディアに売り込んだり、出版社に原稿を持ち込んだりしたことはなかった。考えたこともない。

理由はシンプルで「この程度の文章でお金を取ってはいかん」と僕はかたくなに思っていたのだ。その思いは今でも変わらない。だからブログから飛び出して他の媒体で活躍している他のブロガーをみても、「よくできるなあ。自信を持てるなあ」という感想しか持たなかった。

そういうわけで、これまでウエブメディアでは、連載、単発含めてまあまあの数の書き仕事をこなしてきたけれども、一度も自分から売り込んだことはない。また、相応の数のオファーも断ってきた(その節は本当にすみません)。条件面を交渉するのも面倒であったので、単純にオファーのメールを無視してきた。当時はそういう文章を書く職業への憧れがそれほど強くなかったからだろう。

端的にいってしまうと「ブログを書いている自分」を営業して売り込みたくなかったのだ。

僕は営業マンとしてずっと働いてきた人間である。営業には飽き飽きだ。正直いって、仕事以外のシーンで営業をやりたくないのだ。売ったり、アッピールしたりするのは「クソくらえ!」な気分なのだ。

ブログを書くきっかけになった、「仕事から離れた場所で友達さがし」も、「営業をやりたくない」という営業への反動からくるものであり、その点では、ブログから外へ売り込んだり、もっとマネーになるメディアに行かなかったりしたのも一貫している。とにかく売り込むのがイヤだったのだ。

どんな媒体であろうが継続への挑戦が大事

僕、フミコフミオは今日もブログで書き続けている。オワコンだろうが構わない。他のメディアに行かれたほうがという助言にも(今は)耳を貸さない。

フミコフミオ『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。』(KADOKAWA)

自己弁護から、ブログでなければならない屁理屈めいた理由をくどくどと述べてきたが、本質的には、ブログという古き良き場所で書くことがシンプルに好きだから、続けているのだろう。そして今、ブログで書き続けていること自体が僕、フミコフミオのアイデンティティになりつつある。おかげさまで、自分で自分を営業することなく書籍を出すことができた。

僕なりに「現代における生きづらさの正体」に迫った1冊『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。』である(タイトルが長くて本当に申し訳ない)。

僕はブロガーという立場からブログで書くことについて述べてきたが、場所を変えながら続けるのも、ひとつにこだわって続けるのも、チャレンジを続けているという意味では同じなのである。

続けることに価値がある。そして「続ける」に場所は関係ないのだ。

僕もあと5年、50才までは書き続けていたいと切に願う。

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