波と波が打ち消し合ってゼロになる
【山城】普通のコンピュータは、パターンをぜんぶ試して正解を選びます。一方、量子コンピュータは並行的に処理して、波と波が打ち消し合ってゼロになる「干渉」という現象を使って、選びたいものを選びます。
【田原】重ね合わせとか波とか、それをどうやってコンピュータの中でやるんですか?
【山城】すごく冷たくするんです。小さくて冷たい世界だと、量子的揺らぎが大きくなるので。
【田原】いまはどこまで進んだんですか? 資料によると、1998年に東京工業大学の西森秀稔さんが提唱したと。これが最初ですか。
【山城】西森さんはすごく小さい世界を制御できると仮定して、そこで何か計算したら、新しいことが生まれるんじゃないかと考えて、試しに理論をつくりました。それが量子力学を使った計算手法(アルゴリズム)の1つである量子アニーリング。西森さんの論文をもとにカナダのベンチャーであるディーウェーブが計算機をつくったのが2011年でした。
【田原】99年に東京大学の中村泰信さんも世界初の発見をした。これは何をやったの?
【山城】西森さんの話とは別に、量子を使った計算は昔から研究されていて、量子ゲートと呼ばれています。その回路をつくるための最初の1量子ビットを中村さんが世界で初めてつくりました。
【田原】それから?
【山城】大きかったのは、カリフォルニア大学のジョン・マルティネスが開発したデバイスです。ディーウェーブがつくったのはアニーリングという計算に特化した計算機ですが、マルティネスは14年、いろいろなタスクができる超高性能の量子ビットをつくった。おそらくこれが、世界が変わった瞬間ですね。これほど高精度の量子をつくることができるとは、みんな信じていませんでしたから。
【田原】西森さんや中村さんはいち早く量子コンピュータ開発で成果を出した。でも、それ以降、結果を出したのはカナダや米国。どうして日本でできなかったんだろう。
【山城】お金にならないと思って、資金を注ぎ込まなかったんでしょうね。当時、量子コンピュータは途方もないものだと思われていましたから。マルティネスが成功したのは、ある種の狂気があったから。量子コンピュータをつくるときの選択肢はいくつかありますが、ひとつに賭けてほかが成功したら、注ぎ込んだ資金が無駄になります。でもマルティネスは選択肢の中から超伝導に賭けて、執念でつくった。日本の企業は、ギャンブルしてまで挑戦しようとは考えなかった。
【田原】そんな賭けの世界に山城さんも身を置いて起業した。そもそもどうして物理に興味を持ったの?
【山城】僕は沖縄出身です。高校生のころ、琉球大学の前野昌弘先生が出張講義に来てくれて、さっきの波の話をしてくれました。それで物理に興味を持ち始め、大学では「この宇宙は何でできているのか」という素粒子理論の研究をしていました。