部屋になだれこんでくる麻薬取締官

もしかして、誰かのいたずらかもしれない。この時点で少しだけ怖くなりましたが、まさか麻薬取締官が家の前に来て押し問答をしているとは、夢にも思っていませんでした。埒があかないので、意を決して玄関の扉を開けると、15人ほどの集団が一気に部屋になだれ込んできます。

ビデオカメラで撮影する者あり、無表情で部屋の中を物色する者あり、私はパニックの中、そのままリビングのソファまで押し流され座り込みました。私の両隣を塞ぐように捜査員が腰掛けます。「なんで来たかわかっているよな? この家に怪しいものがあるだろう。それを素直に出して」。リーダー格の男性が私に尋ねました。

怪しいものかどうかわからないけど、怪しいとしたらネットで買った、ラッシュ(セックスドラッグとして販売されていた危険ドラッグ)に似た成分を作ることができるあのキットのことだろう。数日前に届いていた製造キットは、一回分を作り、出来上がった液体と一緒に菓子缶の中に入れています。

私はキッチンの棚の方を指さし「そこにある黄色い缶に入ってます」と伝えました。心臓はバクバクバクバクしていますが、できるだけ冷静に対応します。

コーヒーを飲もうとしたら「勝手に飲むな!」

パソコンや携帯電話、手帳など次々と押収されていくのを呆然と眺めていました。無意識に目の前のテーブルにあったコーヒーを一口飲んだところ、捜査員全員が慌てて「勝手に飲むな!」と止めに入ります。私はこの時点で自由が制限されていることに、遅ればせながら気がついたのです。

「この液体は、どこで製造したのですか?」「この部屋の台所で作りました」「じゃあ、写真を撮ります。台所を指さしてください」「液体を冷やしていたのは、どこですか?」「この部屋の冷蔵庫です」「じゃあ、写真を撮ります。冷蔵庫を指さしてください」「冷蔵庫の棚のどの部分に入れたのか?」……と一つ一つ実に細かい状況説明と、写真撮影が行われました。

一時間くらい経って、ようやく撮影や状況説明が終わったところで、任意同行が求められます。「外に車があるので、それに乗って一緒に行きましょう」。「わかりました。準備をするので少し待ってください」と同意しました。この時点でも、買った製造キットが実は怪しいもので、捜査に協力するくらいの気持ちでした。

携帯は押収されたので、財布と鍵だけを持って、ダウンジャケットを羽織り外に出ます。帰宅が何時になるかわからないので、飼い猫のために少し多めに餌を入れました。まさか、この時から1カ月以上も部屋に帰れなくなるなんて、想像もしていなかったのです。