役所は「警察からの返事を待ってから」の一点張り

「脱会届の確認が今日中にできないかもしれないことはわかりました。警察にはすでに依頼をしていただいている、だから返事待ちだということも。とはいえ、実際問題クロダさんは所持金も住むところもなく、いますぐに支援が必要な状況にあるんです。その点、G区としてはどのように対応するのですか?」

「だから、私たちとしては警察からの返事を待ってから、としか……」

「Kさん、わかりました。ただ、上司の方と相談してください。ご存じだとは思いますが、生活保護の申請自体は、仮に暴力団員であっても可能です。もちろん、暴力団員だったら申請を受けつけたあとに却下ということになるわけですが。そして現状、警察の返事があるまでは生活保護の決定も却下もできないわけです。それはよくわかります。でも、それとは別に、クロダさんが今晩泊まる場所もお金もないという問題があるんです。これについてG区はどうするのですか?」

「いや……ですから、警察からの連絡待ちで。それまではご自身でなんとかしてもらうしか……」

「そうですか。しつこいようですがKさん、これは大切なことなんです。警察からの返事はいつになるかわかりません。明日の朝かもしれなければ、3日後、場合によっては1週間かかるかもしれません。もし、僕もKさんもクロダさんにだまされていたとして、本当に彼が現役の暴力団員だったら1週間路上で待たせたとしても問題はないでしょう。でも仮にクロダさんがすでに脱会している状態だったとあとから判明したら。KさんとG区の判断は、生活保護が必要な人を1週間も路上で生活させたことになります。その場合の責任をどうとるのか、これはそういう判断なんです」

性善説か性悪説か。答えなんて出ない。でも、はっきり言えるのは、目の前に今日食べる物や寝床もままならない、困っている人がいるということ。

そして、それを支援するのがいまの僕の役割だ。

“お役所対応”のせいで制度を使えない人がいる

生活を立て直したい人が手を伸ばしている。そして、そのために使える制度が目の前にあるのに使えない。これではなんのためにある制度なのかわからないじゃないか。

隣に座るクロダさんに目をやると、ひざのうえに握った拳がプルプルと震えていた。

「大西さん、すみません。俺は悪いことをいっぱいしてきました。だから、1週間くらい路上で寝泊まりしたってかまわないです。税金で支えてもらえるだけで御の字の身なんですから。本当に、恥ずかしい限りなんですから……」

「クロダさん……。もちろんあなたには前科があります。僕がまだ聞いていないような悪いことも、たくさんしてきたんでしょう。でも、これからは違う人生を歩みたいという決意がある。その決意を手紙で送ってきてくれたんでしたよね。過去は変えられないかもしれませんが、これからの人生をどう歩むかは、いまのクロダさん次第です。僕は生活保護制度のことしかわかりませんが、制度上、申請自体は受けつけないといけません。それに、脱会届を出しているのは事実なわけだから、時間がかかるだけで生活保護の決定もきっと下ります。僕は自分のやるべきことをやっているだけです。だから、クロダさんもいまできることをちゃんとやっていきましょう」

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……」

クロダさんはやっぱり涙もろい人だ。声は出さずに、大きな背中をまるめて静かに泣いていた。