痛みを感じない兵器が、生身の人間と交戦する
読売社説と反対のスタンスをとることが多い朝日新聞の社説はどうか。8月25日付の紙面で「ロボット兵器 法規制に向けて議論を」と戦争嫌いの朝日社説にしては静かな見出しを付けてこう主張している。
「だが、条約などの形で法的拘束力をもつ規制とするまでの合意には至らなかった。専門家会合は今後も話し合いを続けるという。実効性のある具体的な制度づくりに向けて、さらに検討を深めなければならない」
「さらに検討を」というこの主張もどこかもの足りない。
朝日社説は「例えば、人間の司令官による包括的な指揮・命令があれば、現場での個々の判断や動きはロボット任せで構わないとする主張がある。紛争地に投入されれば、殺し、傷つけることへの痛みを感じない兵器が生身の人間と交戦するという、映画のような光景が現実のものになる」とも書き、指摘する。
「一片の人間性も存在しない戦争とは何か、社会はそれを許容するのかという、人間の存在や倫理に深く関わる問題だ」
「戦争が人間の存在や倫理」と書くところなど朝日社説らしいとも思うが、いつものひねりや皮肉、そしてつやっぽさがない。
なぜ朝日は「LAWS反対」とはっきり書かないのか
最後に朝日社説はこう訴える。
「まずは、人間の手を離れて作動する完全自律型兵器については一切の使用禁止を実現させたい。そのうえで、標的の把握・識別・攻撃という各局面で、AIに任せると危険な要素を洗い出し、そこに拘束力のある規制をかけるのをめざすべきだ」
「人類の知恵が試されている」
主張が弱く分かりにくい。なぜ、自律型致死兵器システム(LAWS)について「反対だ」と書かないのか。主張がはっきりしていないので、「人類の知恵」という止めの1行もしっくりこない。
朝日社説はこれまでとことん戦争に反対してきたはず。それが朝日社説の売りだった。読者のひとりとして、スタンスを明確にしない朝日社説には一抹のさみしさを感じる。