なりたい自分に、必要な仕事を選び取る
『あすなろ白書』の主要男性登場人物には、掛居くんのほかに、「取手くん」という二番手の男性キャラクターがいて、取手くんには当初、俳優の筒井道隆がキャスティングされていました。しかし、それを、チェンジしたい、と木村は申し出たのです。つまり、木村にとっては、自ら番手を下げる判断。もちろん筒井も同意の上。
プロデューサーが決めた配役を、若手の俳優が変える、というのは基本的にありえない話です。けれど、それを聞いた、プロデューサーの亀山千広(のちのフジテレビ社長)は、「このドラマで人気が出たら、いまオンエアされているどのCMの誰のポジションに就きたいのか、イメージできているのか」を木村と筒井に確認。すると、2人とも、明確なイメージができていたので、亀山は交代を決めたのだといいます。つまり、単なる思いつきではなく、明確な未来像から逆算した上での提案だったので、キャスティングを変更するという舵が切られたのです(※5)。
結果、『あすなろ白書』は、平均視聴率27パーセントの大ヒット・ドラマとなりました。そして、ヒロイン・なるみに一途でいつも優しく「俺じゃダメか?」と切ないセリフを発する「取手くん」に女性の心は傾き、木村の人気は沸騰したのです。取手くんが、なるみを後ろから抱きしめるシーンは大きな印象を残し、「あすなろ抱き」という言葉も生まれました。
「自分の人生をコントロールする」という強烈な意志
人気に火がついた後も、番手を重視しない時期が続きます。萩原聖人主演・亀山千広プロデュースのドラマ『若者のすべて』では二番手の友人役で、友人が昏睡状態に陥ったことに責任を感じながら生きる男。映画『シュート!』では中居正広演じる主人公のサッカー部の先輩でありながら病気で死んでしまう……といったような印象に残る役柄を演じます。
木村が単独初主演をするのは『あすなろ白書』から3年後の96年のこと。『あすなろ白書』と同じ亀山プロデュースで北川悦吏子脚本による作品。それが、最終回の視聴率は36.7パーセントと、社会現象となった『ロングバケーション』です。
そこから木村の人気は盤石なものとなり、『ラブジェネレーション』『HERO』と、10年以上もの間、主演ドラマが軒並み視聴率20パーセントを超えるような大ヒットを続けるようになるのです。
木村は若い段階から、仕事を“選ぼう”という意識を持っていました。「こうなりたい」という自分の仕事のビジョンが明確にあって、それに近づくためには、目上の人にも意見したのです。他人の言うこと全てをそのまま受け入れるのではなく、自分で自分の人生をコントロールしていこうとする。
自分がなりたい未来像の前には「月9ドラマの男一番手」という普通だったら飛びつくような、オイシイ話にも木村拓哉の意志が揺るがされることはありませんでした。冷静に役者として自分が行きたい場所を見つめていたのです。