この損失回避性の心理のために、簡単に期待値が計算できることでも、損な選択をしてしまうことがある。

A.100%の確率で1万円取られる
B.50%の確率で3万円取られる

この場合、読者のあなたはどうかはわからないが、実験ではBを選ぶ人が多い。

期待値でいうと、Aは1万円の損で、Bは1万5000円の損なのだが、損を回避できる可能性が50%あるBを選んでしまうというわけだ。つまり、損を回避する心理のために合理的な判断ができなくなっていることになる。

株の損切りできない人、死亡保険を解約できない人も「損回避」

以前、本欄でギャンブル依存症の怖さを説明する際に、学歴も経営者としての業績も非常に優れた人であった大王製紙の井川意高元社長(筑波大付属駒場高校、東京大学法学部卒)の例を挙げたが(※)、このギャンブルも損をしたくない心理からもっと損をしてしまう典型的なものだろう。

※東大法学部を卒業後、父親が経営する大王製紙に入社、慢性的に赤字だった家庭紙事業(ティシューペーパーなど)を黒字転換させるだけでなく、同社のブランド「エリエール」をトップシェアに押し上げる名経営者になった。しかし、カジノにはまって100億円以上の金を失い、子会社7社から計86億円の金を不正に借りたと訴えられ、最終的には懲役4年の実刑判決を受けた。

損をしたら、もっと損をするかもしれないと思わず、損を取り返そうと余計にお金をつぎ込んでしまう。井川氏の事件は、相当な賢い人間でも、人間の損失回避バイアスには勝てない例といえるかもしれない。

損失回避性の心理は、ほかにも、「格安スマホ」が料金プラン上、得だとわかっていても変更する人は少ないことや、株の損切りをできない人が多いこと、死亡保険を解約できない人が多いことなどにも作用していると言われている。

冒頭に紹介した政治に関してもそうだ。アベノミクスが始まって7年。数字の上では、日本経済を悪くしていないとは言えても、実感的によくしているとはとても言えたものではない。

悪くされるよりいいという考えでダラダラ続けていると浮上の芽を失うかもしれない。

その間に欧米や周辺諸国が経済を拡大させていけば、日本の経済的な地位をさらに失うことも十分あり得る。つまり、現状維持でいることのほうがリスクである可能性もある。

損失回避&現状維持バイアスが強い日本人は自由な発想ができない

現状維持バイアスの怖い点は、現状を過大評価して、ほかの可能性が検討できなくなることにもある。この点は野党が頼りないと言えるのだが、アベノミクスの対案をほとんどのインテリ層、つまり頭のいい人たちが提言しない。

私が心配なのは、損失回避バイアスや現状維持バイアスが強いように見える日本人は、今後も自由な発想ができないまま、新しい政治的リーダーも見いだせないまま沈没してしまうのではないかということだ。

これは、政権選択や政策に限ったことではない。私が属する医学の世界などは、これまで信じられてきたことをなるべく変えようとしない傾向が特に強い。