漱石とシェイクスピアも全作品読んだ

【上田】ドストエフスキーはすべて読みました。ほかに漱石とシェイクスピアも全作品読んだかな。

上田岳弘●1979年、兵庫県生まれ。兵庫県立明石西高校、早稲田大学法学部卒。IT企業役員を務めながら小説を執筆。『太陽』で新潮新人賞、『私の恋人』で三島由紀夫賞、『ニムロッド』で第160回芥川賞を受賞した。

【田原】漱石? 僕もぜんぶ読んだけど、ドストエフスキーとは正反対の作家でしょう。両方好きだった?

【上田】漱石は、いまの日本語につながる祖先のような作家です。とくに『草枕』に代表される初期の作品は、日本語をつくろうとする実験がすごい。そこから進化というべきか退化というべきか、だんだん自然主義小説になって、いまの日本語の小説と変わらなくなりますが、その過程がおもしろい。一方、ドストエフスキーは密度が異様で、ほんの数分の会話シーンを描写するのに、長台詞が延々と5ページくらい続いたりする。僕の学生時代はリアリズム小説が全盛だったので、衝撃的でした。

【田原】たくさん本を読んで、得るものはありましたか?

【上田】漱石やシェイクスピアを読んでわかったのは、すでに悲劇も喜劇も網羅的に、書き尽くされているということ。そこを腹に入れないと、新しいものは書けないと思いました。

【田原】つまり、作家として漱石の先をやりたいと思ったわけね。漱石の先って何だろう?

【上田】漱石は日本が近代化するタイミングで誕生した作家でした。近代化する人間の先に絶望的な思いを抱いていたにしろ、近代の入り口に立っていたことは間違いありません。一方、僕がいま生きているのは近現代の出口で、社会が終わろうとしているタイミングに見えます。ですから、いまの社会情勢や国際情勢を精緻に観察して書いていけば、おのずと漱石の先にある新しいものが書けるはずです。

【田原】書きたいものが見えてきたのに、大学を出てIT企業に入る。どうして? 書くのに邪魔じゃない?

【上田】そんなことないですよ。いざ書き始めると、自分が書きたいものに手が届いてないもどかしさを感じました。それはなぜかと考えたら、日本の社会をまだ経験していないから。ちょうど結婚したこともあって、社会人として働きながら書いてみようと思いました。

【田原】でも、どうしてIT企業?

【上田】たまたま友達が起業したのがセキュリティ関係のソフトウエアメーカーでした。時代ですよね。昔は早稲田を出てフラフラしているような人間を回収してくれるのは、出版や放送の業界だったと思います。でも、僕が大学を卒業した16年前は、それがIT業界に変わっていた。

【田原】二足のわらじで作家を続けて、2019年いよいよ『ニムロッド』で芥川賞を獲った。僕も読ませてもらいましたが、正直言ってよく理解できなかった。試しにまわりの人に聞いたら、みんなおもしろいという。きっと僕が年寄りだから理解できないと思うのだけれど、そういう前提で質問させてください。まず、この作品の重要なモチーフの1つが仮想通貨。上田さんは仮想通貨、おもしろい?