批評することにも、されることにも耐えられない
だから広告製作者たちは、ただひたすら炎上とコンプライアンスを恐れるばかりで、斬新な視点や論争ぶくみの刺激から逃げるほかありません。男女差別に、パワハラ、セクハラ、さらには、マイノリティーへの配慮などなど、あげればきりがない、落とし穴を潰す作業に没頭します。
平成9年(1997年)に作られた「オー人事」のCMの20年を経た復活は、こうしたコンプライアンス偏重の社会をあらわしています。「働き方改革」という「美しい国」ならではのキャッチフレーズばかりが先行し、実態は伴いません。それどころか、人手不足により外国人人材を受け入れなければならないにもかかわらず、働く環境は、よくなりません。
それもこれもどれもが『広告批評』の不在ゆえだ、というわけでは、もちろんありません。そうではなく、「昭和」までは広告が社会を映す鏡だと信じられていて、それに対する批評もまた、社会のどこかを照らし出すと信じられていました。それゆえに『広告批評』という雑誌も同時に受け入れられてきました。広告「への」批評も、広告「からの」批評も、どちらも求められてきました。
けれども、もはや、そのいずれもが成り立ちません。もはや、「平成」の広告そのものが、薄くなり、批評に耐えられなくなり、批評しても残らなくなってしまいました。それゆえに、広告「からの」批評にもつながらなくなってしまいました。
広告「への」批評も、広告「からの」批評も、どちらも成り立たないからこそ、CMは、昔ながらの定番を続けるほかありません。その惰性の果てに、いつのまにか「平成」は、ダラダラと、ゆるいまま、終わりを告げたのです。