GEウェルチ氏との極秘プロジェクト
およそ1年後、彼女は1枚の葉書を深田に見せた。そこには達筆な文字でそちらで働かせてもらえないかと書かれていた。訝しげに彼女を見ると、彼氏で現在東大で政治を学んでいるとのことだった。
深田は頭でっかちのモヤシのような姿を想像していたが、深田の前に現れた西田は、快活に笑う魅力的な男だった。とても東大大学院で政治を学んでいたような人間には思えなかった。すでに恰幅のよかった西田は深田の前に行くと単刀直入にいうのであった。
「私を雇ってくれませんか」
深田は一瞬逡巡したが、受諾した。もし採用を拒否した場合、有能な秘書、つまり西田夫人が辞めてしまう恐れを感じたからと、深田は告白する。
「西田さんが今日あるのは奥さんのおかげだよ。もし西田さんが東芝に入ってなかったら今頃どうなってたんだろうね」
深田は快活に笑ってみせた。
当時、イランのラシュトにあった工場の工場長を務めていた吉田英彦の脳裏には、今もテヘランからラシュトに向かう赤茶けた草一本さえ生えていないような大地が刻み込まれている。テヘランから300キロ離れた工場に向かう途中、日本でいうドライブインに寄り、羊肉の入ったチャーハンのようなものを注文したときのことである。吉田は、こちらのチャーハンは黒いんだと思った。そして、スプーンを入れて食べようとすると、チャーハンは白っぽい色に変わった。黒いのはご飯に集っていた蝿だったのである。
吉田はそんな環境の中でイラン人にネジの回し方から根気よく一つ一つを教えていった。ある日、テヘラン本社から西田と名乗る若者がやって来た。西田の存在を「東大で政治を学んだ頭のいい男」と聞いていたが、吉田は初めて接する西田に驚かされる。とにかくニコニコした、話題が豊富で、実に庶民的な若者だった。そしていつの間にかイラン人の輪の中に入り、談笑しているのだ。一方、西田は、初めて身を置くビジネスの世界がどのようなものであるかを気づいていた。
「会社というところは経理がわからないとなにもわからない」
数字の意味を理解しなければ会社の動きがわからない。西田はすぐさまテヘランの本屋に走り、英語で書かれた簿記、原価計算、財務関係の本を5冊ほど買っては読み始める。
これは西田がイランから帰国後の話になるが、こんなエピソードが残っている。 西田は東芝内で後に社長となる佐波正一をトップに据えた極秘プロジェクトに主任として参画していた。案件は照明で、相手は米GE。GEの担当者は照明担当の副社長、ジャック・ウェルチ。米国GE本社にも足を運ぶプロジェクトは粛々と進んだ。そのとき、GEの照明関係の経理担当者と話してみると、西田がイランで経理を学んだ本がGEの照明部門の経理の教科書として使われていたのだ。
西田によれば、経理の本などから学んだものは数字そのものではない。数字の大きさ、つまり100という数字が100万円なのか、100億円なのか……、数字はその大きさが理解できて、初めて役に立つということを教えられたという。