※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
なぜ選挙運動で候補者の名前を連呼するのか
短期間に同じCMが何度も流れたり、2回続けて流れたりして、正直、飽き飽きした経験もあるのではないでしょうか。このような広告には、二つの狙いがあります。
一つ目は、人間は物事を判断するときに、想起しやすい情報や簡単に手に入る情報を優先して参考にする傾向があります。これを「利用可能性ヒューリスティック」といいます。たとえば、テレビで飛行機事故が大々的に報道されると、しばらくの間「飛行機は危険だから車で移動しよう」と考える人が増加します。
もう一つは、繰り返しの出現はその刺激を好ましく思わせるという「単純接触効果」を狙ってのことです。たとえば毎週放映されるドラマの主題歌は、曲のよさ以上にヒットする傾向があります。ただし逆に、頻度が高すぎると好感度が下がるという逆U字型の反応も、広告研究で確認されているため、注意が必要です。東日本大震災のとき、ACジャパンの公共広告ばかりで、その最後のジングルに多くの人が不快感を持ったことは記憶に新しいです。
高頻度のCM露出や選挙運動における候補者名の連呼は、いずれもこれらの効果を狙ったものです。思い出しやすい商品や人は人気があり(利用可能性ヒューリスティック)、好ましい(単純接触効果)と考えられやすいのです。
恐怖をあおる広告の裏事情
人間はポジティブな情報よりも、ネガティブな情報に注意を向けやすく、そちらの方が記憶に残りやすいものです。これをネガティビティー・バイアスと呼びます。たとえば、ネットのレビューサイトでは、ポジティブな評価よりもネガティブな評価の方を重視する、メディアには、いいニュースより悪いニュースの方が圧倒的に多い(悪いニュースの方が視聴率が取れる)、政治家は競争相手に対してネガティブ広告を多用するなど、例を挙げればキリがありません。
この人間の特性を利用した恐怖をあおる営業手法も多々、見られます。悪徳リフォーム業者の「お宅の家には不具合があります。すぐに対策をとらないと崩壊しますよ!」や、テレビCMの「まな板には菌がウヨウヨいます。いますぐ○○で除菌を!」は古典的な例です。
ただし、恐怖をかきたてて一方的に商品の購買を迫ることは、シロアリ退治の悪徳業者と同じであり、消費者は売り手に対して悪いイメージを持つでしょう。恐怖をあおった広告が効果的であるためには、以下の4点を満たすことが重要です。
1.恐怖を与える
2.解決するために消費者がとるべき行動の提案
3.自社製品が恐怖を解消してくれるという信頼の訴求
4.消費者が簡単にその解決策をとれることの訴求
これらを「風呂釜の除菌剤:ブランドA」で考えてみると、以下のようになります。
1.恐怖:雑菌の中での入浴
2.対策:風呂釜を除菌すること
3.信頼:ブランドAは除菌力NO1
4.簡単:ブランドAを風呂釜に入れて湯を沸かすだけ
恐怖や対策面では事実のみに言及し、問題解決の主導権はあくまでも消費者に与えるというのが、企業側のとるべきスタンスです。そして、消費者が合理的に判断すると(つまり簡単に使えて、性能がNo1)、選択肢はおのずと自社製品になる、という流れになっているのが共通点です。