全社員に公開で行う「立候補」

フラットな組織の実際も気になる点だ。フラットな組織とはいえ、サービス、マーケティングといった内容で業務は分かれているが、顧客満足を実現するために目標を設定することは共通しているという。それぞれにユニットディレクター(チームのリーダー)がおり、全員が立候補制というのも興味深い。各施設の総支配人への取材でも“立候補”というワードがたびたび聞かれた。立候補というのは“私はこういうことをやりたい”という表明をネット配信なども含め“全社員に公開”で行う。会社にとってというよりは、お客様にとって良いという視点で表明(提案)し、皆が選ぶということになる。反面、これは当人にとってかなり厳しい場面であることも想像に難くない。

本書の取材に際しては、星野リゾートを辞められた方の話を聞く機会も得た。“選ばれる選ばれない”という不満をきっかけに離職したという人もいた。離職した人々が口にするのは、少し特殊な組織であるという点だ。良い悪いではなく向き不向きとでも言おうか。“合わないと感じる人がモチベーションを保っていくのは難しい”と語る退職者もいる。フラットな組織や現場主義は、既にシステムとして機能し仕組みとしても確立しつつある。星野リゾートが展開していく中でこの人事システムも組織の成長要因といえる。

合わない人は辞め、向いている人は頑張れる

前述した顧客満足度は五段階評価でしっかり反映され、ボーナス査定などにも影響するという。頑張れば多くもらう、頑張らなければもらう量は少ない、“Pay for Performance”の考え方だという。フラットの中に競争原理を働かせることで、社員たちはよりよい発想をしていこうと能動的になるのかもしれない。普通に働いていれば普通にお給料をもらえる、という意識とは異質な空気が社内にあることは想像できる。

ゆえに合わない人はサッと辞めていくし、向いている人はとことん頑張れるのは事実であろう。

現役のスタッフから聞こえた声で多かったのが「人材教育に特色がある」という点。特色といってもスパルタ的という意味ではなく、星野リゾートスタッフのホスピタリティを支えているともいえる教育機関のことを指す。その名を「麓村(ろくそん)塾」といい、サービス研修もあればマネジメントのためのサポート研修などもあるという。モチベーションを支える機会として貴重だという現場スタッフの意見が目立った。

他方、星野リゾートのさまざまな施設を訪れた知人と「星野リゾートのスタッフの人たちってどこへ行っても同じ笑顔というか表情をしているよね」と話題になったことがある。とはいえ、洗脳するような厳格なサービス教育を行っているということはなく、「先輩の姿を真似る中でそういう傾向になるのかもしれない」と話す総支配人もいた。