掘り下げた対話を繰り返し、ニューヨーク進出へ

先ほど紹介したユニクロの柳井さんは、心の中の美意識を鍛えている経営者としても知られています。

ユニクロのブランド戦略を担ってきたクリエティブ・ディレクターの佐藤可士和さんとは、常に哲学的な対話を繰り返していると聞きます。

『Forbes JAPAN』2019年4月号のインタビューによると、柳井さんは最初、佐藤さんと会うのは乗り気ではなかったらしい。「日本には良いクリエティブ・ディレクターがいなかったから嫌々会いに行った」そうです。やがて佐藤さんのセンスやビジネスへの姿勢などに共感するようになり、その後もユニクロが目指す方向性についてとことん話し合ったそうです。

佐藤さんの手によって、ユニクロのニューヨーク進出が成功。昔のユニクロの「手頃なフリースが手に入るカジュアル店」というイメージから、現在の「都会的でグローバルなブランド」へとお客さんの印象が変わるきっかけになりました。

その後も現代アーティストとコラボをした服を発表したり、ニューヨークやパリなど文化の発信地に出店したりしたことで、「フリースを売っているだけのカジュアル店」というイメージからユニクロは脱却しました。

革新的なアイデアは、次の日の売り上げや既存のビジネスだけを考えているような思考の延長線上にはないでしょう。

論理を超えたお互いの内面同士の触れあいこそが未来を切り開く仕事につながります。

自分の世界を広げるには、内面を見つめること

また、柳井さんはアートに造詣が深く、美術鑑賞を通して内面と向き合っている経営者です。そうしたこともあり、ユニクロは金曜日の夕方にニューヨーク近代美術館(MoMA)の入館料を無料にする企画も行っています。

私も現地に住むアメリカ人男性と、MoMAの無料入館日に行ったことがあります。そこでユニクロは、アートを通してニューヨーカーの心をつかんでいるように思えました。もちろんこの男性は柳井さんと会ったことはないですが、柳井さんやユニクロに対して大きな共感を抱いているのは手に取るように分かりました。

日本企業が海外進出を成功させるためには現地のお客さんの支持や理解が不可欠です。

そしてそれは、派手なCMを流したり、安売りキャンペーンを実施したりすることではなく、お客さんの内面に訴えかけるセンスにカギがあります。

一見矛盾することですが、自分の世界を広げるためには、まず自分の内面の深いところに潜り込むことが必要です。

深ければ深いほど、自分の中のオリジナルな考えや情念がクリアになってくる。そしてそれを誰かにぶつける。お客さんに届ける。

柳井さんと佐藤さんのように、内向的で考えを深めている人ほど、ビジネスで結果を出せる時代になったのです。

竹下 隆一郎(たけした・りゅういちろう)
ハフポスト日本版編集長
1979年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2002年朝日新聞社入社。経済部記者や新規事業開発を担う「メディアラボ」を経て、2014~2015年スタンフォード大学客員研究員。2016年5月から現職。近著は『内向的な人のためのスタンフォード流ピンポイント人脈術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
(撮影=若杉憲司)
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