外交は「次の次」を考えることが重要

そんな2人の話し合いが、たやすくまとまるはずがない。シンガポールでの最初の米朝首脳会談は世界が注目する中でハグしたり、シェイクハンドするスタンドプレーが、両者にとって大事だったから、それでよかった。シンガポール会談の合意が何の意味もなかったことは、その後何1つ動かない進捗状況が物語っている。事務レベルの協議不足を指摘する声もあるが、2度目の会談に向けての事前協議は何度も行われていた。しかし、会談の命題は何か、どこでどういう妥協をするのか、事務レベルの担当者は各々のトップが何を考えているかわからないから話がまとまらない。結局は成り行き任せのトップダウン交渉となって、案の定、決裂したわけだ。

国と国との交渉、つまり外交は「次の次」を考えることが非常に重要だ。日ロ交渉で考えてみよう。「日本が第二次大戦の結果を受け入れることが交渉の大前提」とか「日本の領土でもないのに『北方領土』とか『返還』という言葉は使うな」などとロシア側は圧力をかけているが、基本的には「平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を日本に引き渡す」という1956年の日ソ共同宣言をベースに交渉を進めることで両国は合意している。となると次は「日ロ平和条約」で、「次の次」は2島返還ということになる。

2島返還については、施政権は渡すけれどロシアの軍政は維持するという沖縄方式を求めてくる可能性が高い。日本に戻った2島にすぐさま米軍が駐留するようでは、ロシア国内で批判が高まってプーチン政権が持たないからだ。

色丹島には約2000人のロシア人が暮らしている

さて、めでたく平和条約を締結して2島返還にこぎ着けたとしよう。ところが施政権はあっても、軍事権はロシアが握ったまま。そんな島を返してもらってどうするのか。

歯舞群島はほとんど人が住んでいないが、色丹島には約2000人のロシア人が暮らしている。“先住”の彼らがそのまま暮らせるように保障する、場合によっては希望者に永住権や日本国籍を与えるくらいのオプションを用意しなければ、住民が反対して返還は実現しないだろう。

とはいえ、ロシア語しかわからない2000人ほどの島民付きで施政権を返してもらって、何の施政をするのか。日本人が2000人ぐらい移住して島民の半分が日本人になるなら施政の意味もある。しかし、わずかに残っている日本人の元島民は皆ゆうに80歳を超えていて、2世、3世を含めて自由に墓参りはしたいと思っても、住みたいと思っている人はほとんどいないだろう。結局、在留ロシア人の要望を受けて病院や学校を造り、マイナンバーを与えて健康保険や年金にも加入させて……となれば国中から貧しいロシア人が押し寄せてくるに違いない。そこに強面のロシア軍も駐留しているのだ。また、観光や漁業権といった経済的メリットもない。観光資源が豊富なのは択捉島で、漁場が豊かなのは国後島の南側にある黄金の三角水域だ。

「次」の日ロ平和条約には意味がある。ロシア産の天然ガスや電気を日本に直接引き込めるようになれば、エネルギー問題だけでも多大なプラスが見込める。しかし、「次の次」にはメリットがほとんどない。自由に渡航したいなら、かつてのサイパンのような国連の信託統治でいいではないかという考え方もある。国益と領土問題の難しさを考慮すれば、「次の次」よりも「次」の平和条約交渉に力点を置くべしという判断も出てくるわけだ。