温泉旅館でバイトをしながら練習をさせる
毎年、夏に万座高原(群馬)で選抜合宿を行っています。合宿期間中は、ケガをした選手や、まだ力はないけれども気になる選手など、選抜メンバーから漏れた数人に「万座亭」という温泉旅館でアルバイトをさせています。もちろん、彼らはアルバイトだけでなく、練習もしています。
このアルバイトは、誰でも務まるわけではありません。アルバイトをするのが屈辱だと思ったり、命令だと感じたりしないよう、私は必ず意思確認をします。すると、ほとんどが前向きな返事をしてくれます。
彼らは帝京大学の学生ですが、万座亭の制服を着ている限りは従業員であり、責任感と緊張感を持って業務に従事しなくてはなりません。布団の上げ下ろしや食事の配膳で体力を使いますし、接客業ですからさまざまな気遣いも必要です。
休む暇もないし、睡眠時間も少ない。そんななかで練習もするのですから、自分で考えながら動くことが求められます。やり遂げたときには人間的に成長しますし、その経験は必ず競技に生きます。
アルバイト合宿を経て、チームの主力となって箱根駅伝を走った者、全日本クラスの大会で上位に入賞した者もいます。逆境を自分が強くなるために必要なものだととらえ、何とかして成果を残そうと努力すれば、大きく飛躍するのだと思います。
もう一段上がるには“自分流”を見つけること
帝京大学の教育理念に“自分流”という言葉があります。神様はすべての人間に対して公平ではありません。同じ練習をして、みんなが強くなることはありえない。だからこそ、学生たちには“自分流”を見つけてほしいのです。
学生たちに何から何まで指示をする、つまりレールを敷いてあげるのは楽なことです。指導者の敷いたレールに乗れば、大きな失敗もしないし、ある程度は目的地にたどり着けます。ですがここ数年、逆に学生たちの可能性を制限してしまっていないか、本当はもっとやりたいことがあるのではないか、と考えるようになりました。レールを敷いてあげれば、彼らの成長は「ある程度」まで。もう一段階上がるには、自分で考えたり工夫したりすることが大切なのだと感じています。
以前は「この練習をするように」と指示していましたが、今では練習メニューは私が立てるものの、設定タイムは「何秒でいく?」と学生たちに問うことが多くなりました。私が考えるタイムと彼らの答えとが合致したときには、大きな力を発揮します。学生に対しては「Teaching」よりも「Coaching」、すなわち導くこと、気づかせることを心がけています。
帝京大学駅伝競走部 監督
1963年生まれ。北海道出身。帝京大学スポーツ医科学センター専任講師。白糠高校卒業後、国士舘大学へ進学。箱根駅伝には4回出場。卒業後は実業団の雪印乳業に進み、選手として活躍。引退後は95年3月から98年まで三田工業女子陸上競技部コーチを務める。特別支援学校の教員を経て、99年8月から2003年にNEC陸上競技部コーチ。05年11月に帝京大学経済学部経済学科専任講師就任と同時に、駅伝競走部監督に。08年より12年連続でチームを箱根駅伝に導いている。今大会では総合5位。特に復路では青山学院大、東海大に続いて3位という成績を収めた。