自分が出した結論に腹をくくれるか

ハードな作業ですが、論理的にとことん考えることで自分の仕事に対する「信念」が生まれます。そしてこれだけ考えたのだから、これがベストな判断であると思えるのです。

こうした私の考え抜く習慣のベースをつくった出来事のひとつに、IBM時代に参加したセミナー「アスペン」日本版があります。これは、十数人の企業のエグゼクティブがセミナーハウスに一週間寝泊まりして、ソクラテスや『徒然草』『万葉集』『花伝書』など古今東西の哲学・思想・芸術・宗教・生命物理・天体の名著について議論する場。「古典という素材と、対話という手段を通じて、理念や価値観をいま一度見つめ直す」という主旨です。

事前にファシリテーター役の哲学者から渡された、各書籍の抜粋文は厚さ15センチ。それを参加者はあらかじめ読んでおいて、発言します。その文章を読み込んだうえでの議論ですから話題がブレないし、表面的な理解にとどまらず、深く掘っていけるのです。行間にあるもの、話の背景や裏側に潜む理念を想像し、脳みそがぎゅーっと絞られるくらい考える。議論は沸騰し、夜、お酒を飲みながらも続きます。次第に参加者の脳を合体させたような空中に浮かぶ巨大な仮想の脳を全員で共有できるようになって、より物事の本質や価値観を見いだせるようになります。

この突き詰め体験のおかげで、判断が難しい案件に出くわしたときも、「深層部」まで思考して導き出した結論に腹をくくれるようになりました。

アスペンのような機会がない若いビジネスパーソンにおすすめしたいのは、即効性を求めてビジネス書のノウハウを安易に拾うのではなく、古典を精読し、思索することです。

これからのビジネスパーソンに求められるのは、「日本」というフレームに留まらずグローバルな視点をもつこと。世界レベルの思考基準で自分の考えに起承転結をつけて伝えられることが大切です。私はIBM時代の業務の中で我流の“ケンカ英会話”を身につけました。今、この癖を直すのに苦心していますが、自分の考えを伝え、理解してもらうことこそ大切だと思います。自分がプロポーズしたい内容は何なのか、なぜそう考えるのか、整理整頓して語ろうと努力する過程の中にこそ、物事の本質を見いだすヒントがあると私は考えています。その意味で、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで「考え抜く」ことが最強にして最も効率的な勉強法ではないでしょうか。

(大塚常好=構成 市来朋久=撮影)