業界では革命的なことだった

満寿屋商店 杉山雅則社長(撮影=岡村隆広)

地元産小麦で商品すべてを作ったというのは業界では革命的なことだった。達成した年、帯広の地方紙、十勝毎日新聞は次のように報じている。

「パン製造販売の満寿屋商店は(2012年10月)28日、全6店(当時)で使用する原料の小麦を全て十勝産にする。今年産から栽培が増えた超強力小麦『ゆめちから』と同品種を混ぜてパン向けの小麦粉にするための他品種の作柄が良く、小麦粉を確保するめどが立った。同社の小麦粉使用量は小麦生産量換算で年700~800トンあり、地場産小麦を地元で消費する地産地消の好例として注目される。

同社は1990年に十勝産をわずかに含む北海道産小麦の使用を開始。2005年に十勝産に取り組み、麦音店と芽室店では十勝産100パーセントを達成した。

ただ、全店での使用はパンに合う原料の確保が難しく、小麦粉の品質がパンの色や膨らみに反応しやすい食パンが最後まで残り、カナダ産『1CW』を使用していた」

記事にあるように、2012年以後、同社のパン原料、副原料は酵母まで含め、すべてが十勝産となっている。

「子どもには国産の食品を食べさせたい」

そして、パンを売っている現場のうち、もっとも規模が大きい店舗が帯広市の郊外の稲田町にある「麦音(むぎおと)」だ。

麦音は従来のパン屋のイメージとはまったく違う。敷地は1万1000平方メートル。東京ドームのグラウンド面積に迫る広さだ。敷地面積の広さではおそらく世界一だろう。売場面積は88平方メートルで、イートインスペースは57平方メートル、50席。屋外にもテーブル席100席がある。

わたしは雪が降る冬に行った。戸外の客席はクローズしていたが、店内とそして、ビニールハウスに使う透明フィルムで覆ったテラス席は平日でも満席だった。

店内のレジ前には行列ができ、奥のキッチンではパン職人が額から汗を流してパンを焼いていた。陳列台にパンが出てくると、あっという間に手が伸びてなくなってしまう。

「帯広では飢餓が進行しているのか」と思ってしまうくらい、すさまじいエネルギーが渦巻く買い物現場だった。

客の過半は女子。それも子どもを連れたママが多い。彼女たちは「子どもには国産の食品を食べさせたい」と口々に言った。

海外から輸入する小麦は輸送途中にポストハーベストという農薬を噴霧する。一方、国産小麦は船で輸送したとしても、ポストハーベストをかけることはない。そうした事実を知っているママたちは少し価格が高くても、子どものために国産小麦のパンを買うのである。

満寿屋は他店に先駆けて国産小麦を使用したために、ママたちがやってくるようになり、また世間に広まっていった。