店舗周辺で穫れた小麦でパンを作る

パンを窯で焼く燃料には地元の間伐材を使う(撮影=岡村隆広)

また、麦音はそうした満寿屋の食の安全を追求する思想だけでなく、環境への配慮を優先した店舗でもある。

たとえば、広大な敷地面積の大半を使って、小麦を栽培している。収穫したら製粉して自社で売るパンにする。店舗を取り巻く畑で穫れた小麦でパンを作っているわけだ。ただし、目の前の畑で収穫した小麦だけでは足りないので、他の地元産小麦も使用している。

同社専務の杉山勝彦(雅則社長の弟)は「畑のそばに環境に配慮する店を作りたかったんです」と言った。

「麦音には小麦粉を挽くための風車も備えています。また、パンやピザを窯で焼くときの燃料は地元の間伐材で作った木材ペレットです。地元産の材料を使うだけでなく、環境問題についてもちゃんと考えています。これは今の社長だけでなく、亡くなった父親の理想でもあるんです」

通常は「パンの廃棄はゼロ」

満寿屋の本店は帯広駅から歩いて約7分。1950年の創業以来、帯広、十勝の人々にあんパン、クリームパン、食パンといったものを売ってきた。見かけは日本のどこの町にもある、ごく普通のパン屋さんだ。

ただし、ここもまたチャレンジングな取り組みを行っている。彼らが取り組んでいるのは「食品廃棄」の問題解決である。

日本国内で廃棄されている食料は膨大な量になる。コンビニ、スーパーをはじめ、カウントできるだけで1日に300万人分の食料が捨てられている。一方、世界では8億人以上の人間が飢えている。そして、その数倍の人が栄養不良になっている。

そういったことを意識しているのが満寿屋の経営陣だ。経営陣とはいっても、実際はお母さん(輝子・会長)、長男(雅則・社長)、次男(勝彦・専務)の家族経営なのだが……。

輝子会長は教えてくれた。

「うちは帯広市内の他店で売れ残ったパンをすべて本店に集めて、売れるまで店を開けておきます。通常はパンの廃棄はゼロです。帯広の人は飲んだ後にラーメンでなく、パンを食べる人がいるのよ。また、明日の朝ごはんにと買っていく。ですから、だいたい、毎日、売り切ります。ただ、雪が降ったりすると町に人が出てこないからパンが残るんです。廃棄せざるをえません。今はそれがいちばん気になります。それをなくしていくことを考えています」

普通の町のパン屋の目標は「おいしいパンを作ること」だ。満寿屋だって、それは変わらない。しかし、彼らは地元産小麦にチャレンジしたり、小麦を自家栽培したり、環境問題に配慮したりしている。常に、新たな課題を見つけ、それに向かって邁進している。独自のカイゼンをくり返しているのが満寿屋であり、そこが彼らの強みだ。

野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
(撮影=岡村隆広)
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