3年目で子会社社長に抜擢

【田原】3年目に、自ら設立した子会社の社長になる。若い会社だとはいえ、3年目で大抜擢ですね。新居さんのどこが評価されたのでしょう。

アトラエ 代表取締役CEO 新居佳英氏

【新居】もともと私は起業を志してインテリジェンスを選びました。1年目から自分が経営者になったつもりで常に仕事のことを考えていて、経営陣にも「どうしてこういう戦略にしたのか」などと生意気にも議論をふっかけていました。その結果、こいつは面倒くさいから子会社の社長でもやらせておこう、となったのではないでしょうか(笑)。

【田原】起業した子会社では何を?

【新居】いわゆるベンチャー企業は当時まだ世間で認められておらず、人を採用するのが難しい時代でした。ベンチャーの経営者とお話しすると、「優秀な人はみんな大企業に行ってしまう」という。この流れを変えたくて、古い産業から人材をヘッドハンティングしてベンチャーに送り込む会社をつくりました。

【田原】古い大手企業にいる人間を何と言って誘うんですか?

【新居】米国の話をよくしていましたね。米国を見れば、日本がどれだけ遅れているのかわかる。資本市場で安定した勤め先など存在しない。大事なのは自分を高める機会を掴んで成長し続けること。そのためにはこれから伸びる産業に身を置くことが何よりも重要だと。当時の事業はそれなりに順調で、3年目には粗利益で3億円、利益も数千万円出ていたと記憶しています。社員数も40人弱まで増えました。

【田原】それで本社に呼び戻される。

長時間労働では社員が幸せになりづらい

【新居】子会社ごと本体に吸収合併されて、私は当時メインの事業部の責任者に。最終的には本社の役員に抜擢するという打診もいただきました。役員に引き上げようとしたのは、子会社の経営を任せているうちはいいが、本社に戻すと私が辞めてしまうと考えたからでしょう。実際、役員への打診をきっかけに起業することになるのですが……。

【田原】どういうことですか?

【新居】私は学生時代から日本全体の働き方に対して疑問を持っていました。ビジネスには興味があったけど、つまらなそうに働くサラリーマンにはなりたくない。だからいつか起業して、いかにもサラリーマンらしい会社ではなく、スポーツチームのように、みんなが生き生きと一致団結して1つの目標に向かう会社をつくりたかった。そう考えたときに、インテリジェンスはいい会社だけど自分の目指す方向とは違うなと。

【田原】インテリジェンスの社員たちは、生き生きしてなかった?

【新居】ほかの会社に比べれば、みなさん圧倒的に元気に働いていたと思います。でも、私の理想からは遠かった。インテリジェンスのビジネスモデルは労働集約型で、社員が長時間働いたほうが売り上げがあがる仕組みになっていました。このビジネスモデルでは、社員が幸せになりづらい。