自宅に戻っても日本人の目と脳は休まらない。深夜番組やネット配信動画、スマホやタブレットで夜中までブルーライトを浴びまくる。そんな状態で床に入っても、すぐに寝付けないのは当然だ。1960年代には6割の人が夜10時までに寝ていたが、00年ごろからは、その割合は2割台までに下がっているとのデータもあるという。

「大人の睡眠時間減少に引きずられ、子どもの睡眠時間も減っています。満員電車はイライラとキレる大人であふれ、学校では情緒不安定や居眠りし続ける子が増えている。うつ病や不登校などの問題も、睡眠と無関係ではありません」(西野氏)

「睡眠負債」が引き起こす「眠りの自己破産」

では具体的に、睡眠不足は何を引き起こすのか。短期的・長期的な影響を西野氏に聞いてみた。

「私たち睡眠研究者は、睡眠が足りていない状態を『睡眠負債』と表現しています。『不足』ならいつか取り戻せますが、『負債』となると簡単ではありません。借金同様、返済が滞れば『眠りの自己破産』だって引き起こしかねません」

アメリカの学会誌『Sleep』では夜勤明けの医師と、夜勤のない医師を対象に、日中の覚醒状況を比較する実験を行った。すると驚くべきことに夜勤明けの医師は、勤務中に1秒~10秒間、眠りに落ちる瞬間があった。本人も周囲も気づかないほどの居眠り。これを「マイクロスリープ(瞬間的居眠り)」と呼ぶ。

「勤務中の医師が寝るなんて」と驚かれるだろうか。しかし自らを振り返っていただきたい。退屈な会議中や、昼食後の静かなオフィスで、瞬間的に意識が飛んだ経験はないだろうか。「自分は十分寝ている」と思う人も、日中の集中力が続かない場合は「睡眠負債」に陥っている可能性がある。もし車の運転中や大事な商談中に、「マイクロスリープ」が起こったら……。大事な商機や生命そのものが奪われかねないのだ。

長期的な影響はどうだろう。ショウジョウバエの実験や、アメリカでの100万人を対象にした実験などで、短時間睡眠者は短命になりやすいという報告が上がっている。さらに肥満になりやすい、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、認知症への影響も無視できない。

睡眠時、私たちは約90分周期で「ノンレム睡眠(脳も体も眠っている)」と「レム睡眠(脳は起きて体が眠っている)」を繰り返している。最初に訪れる深い「ノンレム睡眠」では、グロースホルモン(成長ホルモン)が分泌され、細胞を増殖させ、代謝を促進している。特に日中、緊張感に包まれ働いているビジネスパーソンは交感神経優位の状態で過ごしているが、睡眠中に副交感神経が優位になることで、自律神経も整えられ、消化や排泄も促される。

記憶分野で果たす睡眠の役割も大きい。睡眠時に嫌な記憶は消去され、必要な情報や勉強した記憶などが定着するからだ。

つまり、上質な睡眠の結果、朝から活力にあふれ、明晰な思考力や判断力に優れ、情緒が安定した状態で働く力を得られているのだ。