乗り合わせた車両で突然の嘔吐

昨年末のある朝、担当編集者が血相を変えてオフィスに飛び込んできた。朝の通勤電車で近くにいた人が突然、噴水のように嘔吐したという。とっさに避けたものの、飛沫(しぶき)がはねた可能性はある。「こっちに近づくなよ~」と同僚たちはからかい口調だが、本人は「ノロ(の嘔吐)だったら、まずいですよね」と不安な表情を隠せない。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/metamorworks)

嘔吐、下痢を主症状とする消化器の感染症は、大きく細菌性とウイルス性に分けられる。毎年、冬に流行するのはウイルス性で、代表格は二枚貝や生がきに潜む「ノロウイルス」だ。年末年始の宴会や家族が集まった時の食事会などで食べる機会が多く、感染数のピークは毎年11月~翌年2月まで。

電車で遭遇した嘔吐からノロウイルスに感染するリスクはじゅうぶんにある。笑い話では済まされない。内科、消化器科を専門とする鳥居内科クリニック(東京都・世田谷区)の鳥居明院長は「ノロ感染による嘔吐は、本人も予期しない時に突然生じるので、車両内で遭遇する可能性は十分に考えられます。吐いた方がノロ感染者だと仮定すると、嘔吐物の臭いを感じる範囲は感染リスクがあると考えたほうがいいでしょう」という。

飛沫が飛び散る範囲は半径2メートル

東京都健康安全研究センター「ノロウイルス対策緊急タスクフォース」報告書(2010年)によれば、嘔吐物が床に衝突する衝撃で発生する飛沫が飛び散る範囲は、半径2メートル、高さ1.6メートルの範囲におよぶという。また、湿度などの条件によっては嘔吐物が落下してから1~3時間を経過した後も、空気中に病原体が滞留していることが判明している。

したがって万が一、そうした場面に遭遇した場合は、手術前の外科医になったつもりで手や指の股、爪の間を石けんと流水で20~30秒間ゴシゴシ洗い、手指を経由してウイルスを飲み込まないよう、汚染を物理的に除去することが肝心だ。

また、運悪く嘔吐物をかぶってしまった服はいったん、ビニール袋に“隔離”したうえで、家庭で洗うか、消毒が必要な洗濯物のクリーニングを行う「指定洗濯物取扱施設」に持ち込むしかない。安易に一般のクリーニング店に出すと、店舗の従業員を介して感染を広げることになりかねないので止めておこう。

家庭で洗濯する際の手順と留意点は東京都福祉保健局発行の「家庭や施設における二次感染予防ガイドブック」に詳しい。ポイントは汚れた衣類とそうでない衣類をわけて洗うこと、また洗濯の前に塩素系消毒薬(次亜塩素酸ナトリウム)に30~60分ほどつけることだという。