すると、どうでしょう。15年に「貧困や飢餓の根絶」「再生可能エネルギーの利用」などを含むSDGs(持続可能な開発目標)が国連で採択されると、市場の風向きがガラッと変わったのです。いわゆる「ESG経営」が企業の価値を決める重要な指標となり、時価総額を左右するようになりました。当社の株価も上がり、外国人投資家も手のひらを返したように、バングラデシュでの社会活動を評価するようになりました。私は、「もし、あのときに『嫌われる勇気』を読んでいなかったら、投資家の圧力に屈していたのではないか」と思い返し、恐くなりました。つまり、同書が、私と会社を守ってくれたことになるわけです。
もう1つ、私が同書から学んだ心の拠りどころにしているフレーズがあります。それは、「人間の幸福は共同体への貢献にある」ということ。私は震災やそれに伴う原発事故をきっかけに、経済成長をひたすら追求し、競争に明け暮れてきた日本社会の価値基準が、大きく揺らいだと感じています。私自身、「何のために働くのか」「幸せとは何か」と、思い悩む日々が続きました。そんなとき、アドラーの言葉が、私の心に救いの光を差し込んでくれたのです。
無担保でも生まれる“信頼”が不可欠
アドラーは、「より大きな共同体に貢献すれば、より幸福になれる」と説いています。家族よりも地域、地域よりも国家、国家よりも世界に貢献すれば、それにしたがって、幸福も増大するというわけです。当社には、もともとミドリムシによって“飢餓”という「世界的な問題を解決」する目的があります。世界で最も貧しいとされるバングラデシュの子どもたちを飢えから救えれば、ほかの多くの人たちも救えるはずです。さらに、「20年にミドリムシ由来のクリーンエネルギーを航空機燃料として実用化する」というプロジェクトに取り組んでいます。つまり、当社は、ミドリムシの技術によって、“地球”という大きな共同体に貢献できるわけです。同書を読んで、「私や社員たちの進んできた道は間違っていなかった」と再認識しました。
アドラーはまた、「人間関係は、担保や保証に裏打ちされた信用ではなく、無条件の信頼によって成り立つべき」ともいっています。実際に、「類は友を呼ぶ」ではないですが、当社には「地球に貢献する」という価値観を同じくし、信頼関係で結ばれた仲間が集まってくれるようになりました。当社には現在、約300人の社員がいます。東証一部上場のときに約90人だったのが急速に増えたのですが、上場して社会的信用がアップしたから、就職人気が高まったわけではありません。例えば、外資系金融機関に勤務し、年収3000万円を得ていた優秀な若者が、当社の経営理念に共鳴し、「年収が10分の1に下がってもいいから」と転職してきてくれるのです。
私は、本とは誰もが共通の知識を共有できる人類の資産だと考えています。とりわけ、古典と呼ばれる本は、人類の英知の結晶です。ただし、私は大昔に書かれた書物だけが“古典”とは考えていません。おおぜいの読者に普遍的な価値を認められた書物は、新著でも、古典と同等の地位を与えてもいいと考えています。そうした意味では、愛読書ランキングで第5位となった『嫌われる勇気』は、13年に刊行されたばかりの本ですが、“新たな古典”と見なしても差し支えないでしょう。
ユーグレナ 代表取締役社長CEO
1980年生まれ。東京大学農学部卒業。2005年ユーグレナ設立。食糧・環境問題解決に向けて、世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功。食品、化粧品として事業化。現在は20年にミドリムシによるバイオジェット・ディーゼル燃料の実用化も目指す。