文化は一度滅びてしまえば、二度と取り戻せない

現在、クジラ肉を食べる文化があるのは、宮城県や和歌山県といった捕鯨で栄えた地域のほか、大阪府の一部など限られた地域にとどまる。ただし缶詰は各地のスーパーなどで手に入り、本やネットでは料理レシピも紹介されている。依然としてクジラ好きは全国にいるのだ。

一方で、クジラ肉の消費は減り続けている。理由はいくつかある。食生活や食材が豊富になり、クジラ肉を食べなくても、たんぱく源が摂取できること。商業捕鯨の撤退で食材としての身近さが失われたこと。関係者からは「グリーンピースの反捕鯨活動も沈静化してニュースとならなくなり、調査捕鯨を続けている現状を知らない人も増えた」という声も聞いた。

抗アレルギー、認知症改善でも注目

クジラ肉は「健康機能性」の視点からも注目されている。たとえば抗アレルギー肉としての魅力だ。食物アレルギーを持つ人のなかには、牛肉、豚肉、鶏肉が食べられない人もいる。筆者の知人にも、これらが食べられなくて、鹿、うさぎ、カエルの肉を食べて育ったという人がいた。クジラ肉はそういう人の貴重なたんぱく源になり得る。

認知症を改善する効果もあるようだ。星薬科大学の塩田清二特任教授と平林敬浩特任助教の発表によると、クジラ肉に多く含まれる「バレニン」を含む抽出物を、「物忘れが多くなった」と自覚する70~77歳の男女14人(うち非投与者7人)を対象に、12週間投与したところ、バレニン投与者のほうが認知機能などの計算テストのスコアが向上したという。

日本政府は「商業捕鯨の再開」を提案も否決

魚肉の缶詰では成功例もある。今や「ツナ缶」を上回る生産量となった「サバ缶」だ。味噌煮や水煮などの味に加えて、「EPA」「カルシウム」などが豊富に含まれており、美容効果への期待感も高い。サプリメントを飲まなくても、毎日の食生活で摂れるわけだ。

捕鯨をめぐっては、さまざまな意見が交わされている。ただ、今回の一連の取材では、クジラ肉の文化と魅力について、あらためて知ることになった。このまま食べる文化がなくなってしまうのは、惜しいように思われた。

9月10日から14日、ブラジルでIWCの総会が開催され、日本政府は「商業捕鯨の再開」を提案したが否決された。今後のかじ取りはむずかしいが、水産資源を守りながら、文化を受けつぐ道が残されることを期待したい。

高井 尚之 (たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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