経営学の眼●場のマネジメントで知を創発させる
一橋大学大学院名誉教授 野中郁次郎

プロジェクトチームは一つの組織だが、組織があるだけでは人は動かない。そこに「場」が生成されて初めて人は動く。場は特定の時間と空間と人との関係性(=文脈)が共有されて生まれる。

関氏のリーダーシップの特徴は、開発プロジェクトの立ち上げ段階で経験の浅いメンバーたちと一緒に試乗会に出かけ、現場で共体験を重ねるなど、場のマネジメントに優れていることだ。

多様な人材の相互作用を通して、その知の総和を上回る高度な知が生み出されることを創発(emergence)と呼ぶ。場において新たな知を創発させるには、メンバーが自己超越の意志を持ち、他からの制御なしに自己を超えていける自己組織(self-organization)になっていなければならない。必要なのは「他人事」ではなく「自分事」ととらえる当事者意識だ。「おまえは何をしたいのか」「どうしたいのか」の問いかけは、自己超越の動機づけにほかならない。

この問いを反すうしながら自己を超えていくと、自分の都合で手段から入る狭い世界を抜けだし、最後は世のため人のための共通善という広い関係性に行き着く。それは非効率に見えるがそうではない。共通善の追求は自己実現の可能性が最も高まり、絶えず自己超越した力が発揮され、成功確率が高まる。むしろ合理的なのだ。

加えて、「1週間で全部品の洗い直し」を決断し、追い込みをかけて傍観者意識を徹底排除。創発性を時間軸の中で凝縮し、創造性と効率を見事に両立させている。

こうした場のマネジメントを公的権限を持たず、人間力で行う。自らの正当性の源泉を創業者が唱えたホンダ・スピリッツに求める。ホンダでは開発プロジェクトが自己練磨を通した次世代リーダー育成の場にもなっている。

(本文敬称略)