類似作としての『この世界の片隅に』

この状況から連想する作品があります。2016年11月に公開されたアニメーション映画『この世界の片隅に』です。同作は63館という小さめの規模で初日を迎えましたが、口コミヒットで公開規模をどんどん拡大し、最終的には累計400館超、興収27億円を突破。現在まで公開が続いている超ロングヒット作品となりました。

2作の共通点は「観客ひとりひとりが宣伝マンになったこと」です。『この世界』は戦前戦中の広島・呉を舞台にした少女すずの物語で、片渕須直監督の並々ならぬ映画化の熱意によって製作がはじまりましたが、製作費調達のメドが立たず苦境に立たされます。

そこで行われたのがクラウドファンディングでした。一般の人から資金を募り、募ったお金でパイロットフィルムを製作。パイロットフィルムをもって製作費の出資社を募る(=製作委員会を組成する)という寸法です。結果、3000人以上から4000万円近い資金が集まりました。

クラウドファンディングの目的は資金調達でしたが、効果はそれだけにとどまりませんでした。結果的に「観客ひとりひとりを宣伝マンにした」からです。自分が身銭を切って支援した作品は、わが子のような存在であり、一人でも多くの人に観てほしいと願うもの。そんな出資者の口コミが『この世界の片隅に』のロングランヒットの原動力となりました。なお、『カメラを止めるな!』も製作費の一部をクラウドファンディングで調達しています。

さらに、『この世界』が既存の興行の勝ちパターンから外れた(外さざるをえなかった)“逆境”のなかで作られたことで、結果的に現状の商業エンタメ業界に対するアンチテーゼとして機能したのも『カメラを止めるな!』に似ています。テレビ局が製作委員会に入っていないため、情報番組などでの大々的な宣伝が期待できないことや、当時テレビ局が起用を避けていたのん(能年玲奈)を声優として起用したことなどは、その一例です。

多くの観客が「当事者意識」を抱いたワケ

『カメラを止めるな!』も『この世界の片隅に』も、「大人のビジネス」として作られた作品では決してありません。製作者の強い想いや篤い志が作りあげたものです。その熱意が、観客に「一緒に作っている」「一緒に盛り上げている」といった当事者意識を抱かせたのではないでしょうか。

『この世界の片隅に』はその年の国内の映画賞を総なめにし、歴史ある「キネマ旬報ベスト・テン」では、実写映画を含むすべての映画作品のなかで第1位の栄誉に輝きました。『カメラを止めるな!』も『この世界の片隅に』と同じ道筋をたどるのだとすれば、この先には一体どんな栄光が待ち受けているのでしょうか。近い将来、全国の「宣伝マン」たちが、感涙にむせぶ姿が目に浮かびます。

稲田 豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。
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