オリオンキャンペーンガールは、契約満了後は地元でタレントになるほか、アナウンサーとして活動する人も多い。これはほかのビール会社のキャンペーンガールとは、ひと味違う。上條さんもRBCiラジオ(琉球放送)のラジオカーレポーターを務め、その後は同局で「上條えなみのmusic file max」などの番組に週7回出演。FM沖縄やTOKYO FM(FM東京)、琉球放送のテレビ番組のリポーターも担当した。

再上京したのは「可能性を広げる」ため

だが2013年、27歳の時に「活動の幅を広げる」という目的で、再び故郷を離れ、東京に移ることを決断する。

「心の中で『沖縄でこのままやっていても……』と思うようになりました。自分に強みがないので、強みをつくり、ほかのタレントと差別化したかった。東京でスポーツの現場を経験して、『スポーツといえば上條恵奈美』というイメージをつけたかったのです」

2014年、映画『トランスフォーマー/ロストエイジ』ジャパンプレミアイベントでレポーターを務めた。

新番組のオファーも断り、いままで担当していた番組もすべて辞めて再上京したが、東京で決まった仕事はない。軌道に乗るまでは、披露宴の司会やカフェのアルバイトなどを必死でこなした。やがて人の縁や地縁にも恵まれて、さまざまなオファーが舞い込み、スポーツイベントの司会業なども増えた。「シャイニング」を設立したのは2016年のことだ。

明るく、元気に、つながりを重視

上條さんの歩みを紹介してきて、ふと、ある上場企業の経営トップが語った「3つの人生のモットー」を思い出した。

・明るく、楽しく、元気に
・人とのつながりを大切にする
・常に、何事にも好奇心を持つ

上條さんの活動と向き合うと、戦略的にPDCAサイクルを回すというより、この言葉がしっくりくる。2015年には、元陸上選手で箱根駅伝でも活躍した西田隆維さん(2001年世界陸上マラソン日本代表)と結婚、2017年に長男を出産した。東京に移ったことで、仕事の幅を広げるだけでなく、家族も増えた。

設立した会社の「シャイニング」(光り輝く)は、沖縄の「かりゆし」(めでたい)にも通じる。仕事では元気に活動し、周囲に明るく接するのもモットー。私生活では乳児のママとなり、わが子への愛情もたっぷり注ぐ若手経営者だ。

上條さんは、常に笑顔を絶やさない。MCの時はきりりとしているが、懇親会では、上手に取引先と懇談して、時には得意の琉球舞踏(沖縄タイムス芸術選奨優秀賞受賞)や箏曲(同芸術選奨新人賞)も披露する。自然体での接客は、キャンペーンガールの経験が生きているのだろう。

独立して仕事を営む場合、人の縁をつなぐ能力は重要だ。結局、仕事のオファーは「あの人に頼もう」というところから発生する。卓越したスキルがあっても、周囲への配慮がなければ仕事は続かない。時に失敗しても、上條さんはこの精神で突き進むのだろう。

高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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