「イノベーションの蜘蛛の巣」でライバルを捕獲

アマゾンは伝統的な意味での小売業者ではない。だからこそ競合他社にとっては危険この上ない存在でもある。もっと言えば、新しい技術やビジネスモデル、製品・サービスに片っ端から顔を突っ込んでいる。小売業者は、アマゾンを同業者と捉えるのではなく、データ、技術、イノベーションの企業がたまたま物販も手がけていると見るべきだろう。過去2年間だけでもアマゾンは多種多様な製品、プログラム、プラットフォームを発表しているが、いずれも従来の小売業者が手がけるような代物ではない。ざっと見てみよう。

▼アマゾン・アート 厳選されたギャラリーが限定版やオリジナルのアート作品を販売するオンライン市場
▼デジタルアシスタント「アマゾン・エコー」 音声認識プラットフォーム「アレクサ」に搭載された人工知能インターフェース
▼フレックス オンデマンドの小包配送ネットワーク
▼ホームサービス 水道工事、電気工事など住まいのサービスの窓口
▼プライムミュージック 音楽のストリーミング配信サービス
▼プライム・パントリー 家庭用品・保存食品の定額配送
▼プライムビデオ オンデマンドのビデオ配信サービス ▼スマイル 慈善事業の寄付
▼スタジオ オリジナルのテレビ・映画向けコンテンツ制作
▼スタイルコードライブ QVCのようなライブ配信のファッションショッピング番組
▼サプライ 産業・研究開発用品
▼ビデオダイレクト ユーチューブのようなコンテンツクリエーター向け動画配信ネットワーク
▼ワイヤレス 携帯電話・サービスプラン

アマゾンは毒蜘蛛に似ている。イノベーションという名の蜘蛛の巣を張り巡らし、一度捕まえたら離さない強力な消費者価値エコシステムを生み出している。たとえば、オリジナルの優れたエンターテインメント・コンテンツをエサに多くの利用者をプライム会員に取り込み、結果的にネット通販事業の売り上げにつなげている。ベゾスは「ゴールデングローブ賞をとったら靴がもっと売れる」と語っている。

アマゾンのイノベーションの多くに共通して見られる魅力がある。ほとんどの小売業者は何ごとも短期で回す製品・サービスという捉え方をするが、アマゾンはプラットフォームやネットワークという視点で物事を見ている。要するに同社のイノベーションはすべて社外の企業にも提供できるのだ。

たとえば、アマゾン・エコーというスマートスピーカーの開発にあたってアマゾンは、広く開発者向けにAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を公開している。このAPIのおかげで、他社がエコーと連携可能な製品を開発できるのだ。また、アマゾンがクラス最高水準の配送ネットワークを構築できるとすれば、他社にもサービスを開放しない理由はない。同社のファッションショッピング番組「スタイルコードライブ」が人気を集めれば、アマゾン取り扱い製品以外にも有料で開放する販売プラットフォームとなっても何ら不思議はない。アマゾンが新たなイノベーションを市場投入するたびに、蜘蛛の巣に粘着力たっぷりの新たな糸が張られるのだ。しかも、この蜘蛛の巣には消費者はもちろん、ほかの企業もかかってくるのである。