利益は「その気になればいつでも出せる」

とはいえ、株主の間からは、小売事業の収益を何とか改善せよと迫る声が定期的に上がっているが、ベゾスは投資家らの包囲網を、世紀の脱出マジックよろしく毎回見事に切り抜けている。そして市場がアマゾンを無視しようとしても、売り上げを激増させるか、記録的な利益率をたたき出すか、あるいはあっと驚く顧客獲得戦略を繰り出してくる。もっともベゾスは、四半期ごとの業績予想に右往左往するような短期主義とは決別する道を着実に歩んでいる。ベゾスによれば、利益は水道の蛇口のようなもので、その気になればいつでも開けて出すことができるのだという。要は株主は基本的に満足していると言いたいのだ。たぶん、1994年に創業した会社が今や年に1070億ドルを生み出す巨人になり、世界中に3億の顧客を抱え、年間売り上げの成長率もこの世に引力など存在しないかのように右肩上がりを続けているからだろう。

アマゾンは2016年の第1四半期に売り上げ28%増という驚異的な数字をたたき出した。ほとんどの小売企業のCEOにとっては、家族全員が誘拐されたとしても、全員分の身代金を払って救出できるほどの金額だ。にわかに信じられないことだが、アメリカでネット通販の支出額が1ドル増えるごとにアマゾンにはその6割が落ちている。ネット通販の支出額が1ドル増えるごとに6割が1社に直接流れ込むのだ。それでもピンとこないというのなら、こう言えばわかってもらえるだろうか。北米の小売市場全体で1ドル支払われるたびに、アマゾンが4分の1を持っていき、そのおこぼれをその他の企業が奪い合っているのだ。

消費者をアマゾン中毒にする麻薬

アマゾンの重要な生命線とも言えるのが「プライム」という会員制度で、アメリカのアマゾンの場合、99ドルの年会費を払って会員になれば翌日配送が無料になるうえ、数々のプログラムやサービスが利用できる。プライムは、小売業界で一般的なポイント制度でもクレジット販売でも割引でもない。プライムには迅速な無料配送といった特典があるが、もっと重要なのは、それがアマゾン王国全体を楽しむための黄金の鍵であるという点だ。デジタル・コンテンツやエンターテインメント、メディアストレージ、プライベートブランド商品のほか、電子書籍の新刊をいち早く読めるメリットなど、プライム会員専用の特典は増え続けている。

これは消費者をアマゾン中毒にするための麻薬のようなものだ。何よりもアマゾンにとっておいしいのは、この麻薬が年に1度、必ず会員のクレジットカードに課金されることだ。つまり継続的に拡大の一途をたどる収入源になっているのだ。そして気づいたときにはプライム会員はますます熱心な顧客になり、しかも基本的に優良顧客なのだ。調査会社コンシューマー・インテリジェンス・リサーチ・パートナーズが発表した2015年版のレポートによれば、アマゾンの非プライム会員の年間平均支出額は625ドルだったのに対して、プライム会員の支出額は1500ドルに上る。さらに更新率が驚くほど高い。30日間のプライム無料体験制度を利用した顧客の75%近くが年間の正会員になる道を選び、2年目を終えたプライム会員の96%が3年目も更新している。アマゾンが機会あるごとに新規プライム会員を募集しているのも当然のことだろう。

そんなツールの1つがプライムデーだ。24時間限定の会員向けセールで、あらゆるカテゴリーの商品が普段より大きな値引きで提供される。2015年に始まったプライムデーは、わずか2年のうちに、アメリカのネット通販業界で4番目に大きなショッピングの日になった。2017年はブラック・フライデー(11月第4木曜日の感謝祭の翌日に当たり、感謝祭ギフトの売れ残り一掃セールの日であるとともに、年末商戦の幕開けを告げる一大セール)を超えるのではないかと見られている。このように、アマゾンのプライムは単なる会員制度ではなく、充実した顧客体験を核に展開する独特のエコシステムなのである。プライム会員は約5400万人と推定され、ライバルを蹴散らすために磨き上げたとてつもなく強力な武器になっている。