専門家集団が解けなかった難解な問題を専門外の素人たちが解いてしまうサイトが米国にある。製品開発においても素人が強みを発揮するケースについて、企業の実例をひいて解説する。

「専門家は素人に負けない」の思いこみを捨てよ

メーカーが思いつく前に消費者が革新的な製品を作っている」。本連載で一貫して発信しているメッセージだが、今もってメーカーで首を傾げる方は多い。

メーカーは製品の専門家、消費者は素人。消費者は目の前に製品があれば改良案ぐらいは言えるかもしれないが、全くゼロの状態から画期的アイデアを思いつくほどの想像力は持っていない。専門家が素人に負けるはずがない。メーカーの反応にそうした自負が見てとれる。

こうしたやりとりは、「特定少数の専門家VS不特定多数の素人」という構図で理解できる。「社内専門家の精鋭部隊」と「社外の素人消費者集団」、どちらが製品革新でよい成果を出すのか。

社内の専門家集団が勝つというのがメーカーの立場だ。読者の大半の方も同じ意見だろう。ところが逆の結果と言える事例が存在するのだ。

米マサチューセッツ州ウォルサムを拠点とするInnoCentive.comは2001年、イーライ・リリー社副社長アルフェアス・ビンガムが立ちあげたウェブサイトだ。このサイトでは科学的問題の答えを求める依頼者(企業)が自社の頭を悩ませる問題を投稿する。例えば「微量な金属不純物の由来を追跡する」や「乳ガンのリスク評価をする」といった問題だ。

そうした問題に対して答えがわかったと思う人は誰でも答えを投稿できる。持ち寄られた解答は依頼者によって評価され最良の解答を投稿した勝者には1万ドルから10万ドルの報酬が与えられる。

コンテストでは解答者は依頼者が誰であるか知らされず、依頼者にも解答者が誰であるかは明かされない。お互いが誰であるかがわかるのは解決法を依頼者が受け入れたときで、そこではじめて互いの身元が明かされる。

ハーバードビジネススクールのカリム・ラカーニらの研究によればInno Centive.comに投稿された問題の約3分の1が解決されているという。「わずか3分の1だけ?」と感じる読者もいるだろうが、この数字、「3分の1も」と解釈するほうがよさそうだ。InnoCentive.comへの依頼者がP&Gやデュポンといった大企業であることから大企業の精鋭でさえ解けなかった問題の約3分の1を社外の「誰か」が解いてしまっているということなのだ。

多様性が能力に勝るための4つの条件

その「誰か」とは誰か。コンテストへの応募登録者は多様を極める。登録者数は14万人以上、170カ国以上から成る。専門分野も天文学や分子生物学から物理・化学やコンピュータ・サイエンスまで様々だ。最優秀解答者は最先端の分野を研究する科学者ではないかと予想していた依頼企業が実はダラス大学の学生だったとわかり驚いたといったことがしばしば起こるという。

ボッコーニ大学のラーズ・イェペッセンとカリム・ラカーニによる別の研究によれば、例えば物理・化学の課題を分子生物学を専攻する者が解決するといったように、もともとの専門分野から離れた専門知識を持つ応募者が問題を解決する傾向があるという。しかも最優秀解答者の72.5%がすでに自分か他人が以前に解いたことのある解を参考に課題の答えを出しているというのだ。

InnoCentive.comの事例は大手企業の精鋭集団が解けなかった問題を社外の専門外の人たちが解いてしまうというものだ。つまり不特定多数の素人集団が高い能力を持つ専門家集団を凌ぐことがあることを示している事例なのだ。

InnoCentive.comで起こっている現象をミシガン大学のスコット・ペイジは理論的に説明している。そこでカギを握るのは多様性VS能力という視点だ。

ペイジはある条件の下では「多様性が能力に勝る」ことを理論的に明らかにした。ある母集団から2つの集団をつくる。1つは問題解決能力が最高の集団、もう1つが能力は第一集団より劣るが多様性を持つ(無作為に選ばれた)集団だ。ペイジはこれら2つの集団に同じ問題に解答してもらうシミュレーションを行った。

結果は驚くべきものだった。多様性を持つ集団が最高の能力を持つ集団よりよい結果を出したのだ。比喩を使うとこうなる。前人未到の高く険しい山を登る場合に、最高の能力を持つ集団は皆同じ道を通って登頂しようとする。それに対して多様な集団は様々な方向、様々な方法を使って登頂に挑戦する。結果として多様な集団のほうが山頂に到達できる確率が高くなるというわけだ。

もちろん多様性が能力に勝るための4つの条件がある。(1)問題が難しいこと、(2)問題を解決する人たちの視点や問題解決に使う思考手段が多様であること、(3)集団のメンバーは大きな集団の中から選ばれること、(4)選ばれたメンバーの数が小さすぎないこと、だ。

ペイジの結果によると難しい問題は解決を社内の特定の専門家に委ねるよりもむしろ社外の専門外の人たちに広く依頼したほうがよいということになる。その意味で、先のInnoCentive.comの事例はまさにペイジの理論を実践で証明していたのだ。

取り組む難度が高いということで言えば、製品開発もペイジの理論を応用できる対象になるはずだ。だとすれば社外の多様で多数の消費者に製品開発に参加してもらうという手法は社内の専門家集団による製品開発より、よい成果を生むかもしれない。