ナイキの厚底は「ドーピングシューズでは?」という声
ただ、そうした熱視線の中には、“異論”もある。かつてIAAF(国際陸上競技連盟)のルールに「バネを使ってはいけない」という条文があったこともあり、一部では「ドーピングシューズでは?」という声も上がっているのだ。
「バネではなくて、単にカーボンを使っているだけです。カーボン自体は陸上のスパイクなどでも使われており(※)、特に新しいということはありません。ナイキは過去にもカーボン素材を使用したシューズを出したことがありますが、その時はあまりうまくいかなかったんです。でも今回、新素材のフォームでカーボンプレートをサンドイッチすることで、新シューズが実現できました」(加部さん)
※陸上100m走で日本人選手初の10秒を切った桐生祥秀選手らが履くスパイク(アシックス製)のプレートにはカーボンが使用されており、ナイキ ヴェイパーフライ4%はこれと似た原理。
日本陸上競技連盟競技規則によると、競技用靴については、「使用者に不公平となる助力や利益を与えるようなものであってはならない」という条文がある。現在、各メーカーが、さまざまなアプローチで“最速シューズ”を目指しており、バネの原理を利用しているシューズが登場しており、その中にはスプリングが埋め込まれたものもある。
そのイノベーションは目を見張るものがある。前述した競技規則や陸上競技の精神に反しているとの科学的な証拠がIAAFに提出された場合は、すぐに検査対象となるが、そこまでの状況には至っていないのが現状だ。ただ、今後も他を圧倒するようなシューズが出現すると、議論の対象になる可能性はあるだろう。
▼なぜ、大量生産ができないのか?
ところで、ズームヴェイパーフライ4%の耐用距離は160kmほど。一般的なランニングシューズは500~600kmほどといわれており、非常に短い。その理由について加部さんは、「主にフォームの能力ですね。空気の入っている層がだんだんつぶれていき、ヘタってくるんです」と説明する。そのため大迫傑ら契約選手ですら、普段の練習ではほとんど履くことがないという。
メーカーとしてもっと入手しやすくするための対策は立てていないのだろうか。
「ズームXフォームの素材は通常のルートとは異なり、航空宇宙産業の分野から取り寄せているので、大量生産に向いていないんです。それと、多くの工場で扱ってしまうと、情報防衛の問題もある。限られた工場で、1つひとつ丁寧に作っているので、どうしても数が限られてきます」(加部さん)
なかなか手に入らない“レアシューズ”ということに目をつけて、転売目的での購入者も多いようだ。
「ネットオークションで高値がついたり、発売日に行列ができたりするのは、非常に複雑な心境ですね。こういう現象が、オシャレなスニーカーではなく、パフォーマンスシューズで起きたのはおそらく初めてで、うれしい反面、ちゃんと走って、ちゃんと欲しい人の手に渡したいという思いがあります」