やれることはすべてやるというのが医療者

須田は、土井に投与した薬が、直接の死因ではないと言いたいのだ。実際、安楽死を意図していたのであれば、鎮静剤さえ投与する必要はなかった。時系列を整理するだけで、須田が、患者の命を尊重していたことが分かる。彼女の著書に次のような記述がある。

宮下洋一『安楽死を遂げるまで』(小学館)

〈もうじき亡くなるとわかっていながら、患者さんに酸素を与えたり、痰を取り除いてあげたりする。最後の最後まで、やれることはすべてやるというのが医療者なのです。どうせ死ぬのだからそんなことする必要はないじゃないか、というようには考えないのです〉

私に質問の隙を与えず、須田は意見を述べ続けた。

「それはまぁ、薬を使ってストンと逝かせるのは殺人だと思うんです。でもたとえば、鎮静剤を打って、薬が効いていったら息が止まった。それが思わぬ早さだった、ということで殺人になるかというと、それはならないと思います。麻酔なんかもそうで、入れすぎて呼吸が止まることもあります。でも、これは普通、法的には殺人罪にはならないんです」

筋弛緩剤がなければ、彼女は逮捕されることも起訴されることもなかったに違いない。苦痛を和らげ、延命治療中止の延長線上の処置を行い、土井は永眠した。

家族は、須田に「お世話になりました」と挨拶をし、この件は終わったはずだった。だが、4年という年月を経て、この出来事は事件化した。それは、病院内部の事情に詳しい、ある医師がマスコミにリークしたことが発端だった。(つづく)

宮下洋一(みやした・よういち)
ジャーナリスト
1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。フランス語、スペイン語、英語、ポルトガル語、カタラン語を話す。フランスやスペインを拠点としながら世界各地を取材。主な著書に、小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。
(写真提供・編集協力=小学館)
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