敵の造形はまるで子供向け戦隊ヒーローもの

DCUにも、その傾向が見られます。

『マン・オブ・スティール』(13年)は、異星人の王族がクーデターに遭い、生き延びた赤子(スーパーマン)が成長して故国の敵と戦いながら、いわば“移民”としてアメリカに受け入れられる話。『バットマンvsスーパーマン』(16年)は、法治国家アメリカという舞台で、2人のアメリカ人たるバットマンとスーパーマンが異なる正義論をぶつけあう話でした。

ところがその続編である今回の『ジャスティス・リーグ』では、現実の政治的背景や組織論や国家との対立などは描かれず、単純な勧善懲悪が展開します。敵の造形はまるで子供向け戦隊ヒーローもののそれような「宇宙から来た悪い侵略者」の典型で、主人公たちが「正義とはなんぞや」と悩んだりすることもありません。

この8月公開の『ワンダーウーマン』も政治色は薄めでした。ややフェミニズムの色はありますが、基本的には明るく元気な快活アクション。程度の差こそあれ、MCUもDCUも、リアリズムよりはファンタスティックにかじを切っている気がしてならないのです。

『シン・ゴジラ』の政治テイスト

もし政治テイストの脱臭がハリウッドのトレンドだとしたら、その理由はなんでしょうか。

マーベル社やDCコミックス社のように、世界市場を相手にビジネスを展開する場合、鑑賞にあたってアメリカ国内の政治リテラシーを必要とする内容は、他国で理解されにくいからなのか。

あるいは、トランプの大統領就任などに代表されるよう、現実の政治変革があまりにもドラスティックすぎるため、下手に政治テイストを取り入れて現実との齟齬が目立つことを危惧しているのか。

はたまた、「アメリカ人の自尊心」をあまり前面に出すと国際市場で受けが悪いと踏んでいるのか……。

そんななか、日本ではとても巧みに政治を特撮エンターテインメントに組み込み、かつ「日本人の自尊心」を刺激する日本映画が、昨年大ヒットしました。『シン・ゴジラ』です。興収は82.5億円。ここ10年でもっともヒットしたアメコミ映画である『アベンジャーズ』(36.1億円)の実に2倍以上です。

自国民の自尊心を鼓舞する方向に?

『シン・ゴジラ』は、ゴジラ襲来を東日本大震災に比した国家的有事に見立てた作品です。政府の対応策のまずさ、東京都心が放射能汚染した場合のリスク、有事での日米安保条約の運用など、さまざまな政治的問題を作劇に組み込んでいました。その上で、官僚たちの奮闘によって危機を脱する状況を感動的に描き、「この国はまだやれる」「危機が日本を成長させている」といったセリフによって、多くの現代日本人の承認欲求を満たしたのです。

政治テイストを脱臭する方向にかじを切り始めたハリウッド特撮と、政治テイストを徹底的に入れ込むことによってヒットした日本の『シン・ゴジラ』。非常に対照的です。

『シン・ゴジラ』がMCUやDCUのようにシリーズ化・クロスオーバー化するかどうかは知る由もありませんが、もし国内で続編を作り、「GODZILLA」として国際マーケットに持っていくなら、政治テイストは薄めるのが得策でしょう。

逆に国際マーケットなど意に介さず潔くガラパゴスを決め込むなら、よりいっそう自国民の自尊心を鼓舞する方向にかじを切るべきではないでしょうか。それこそ、かつてのハリウッド映画がそうしていたように。

【関連記事】
マニアがバカにする「っぽい映画」の価値
なぜ日本人は年1本に『関ヶ原』を選ぶか
大脱走しない"ミニオン"の巧みな印象操作
なぜアニメの声優に若者は熱狂するのか
朝ドラ復活の立役者は「イノッチ」だった